「バノン逮捕」があぶり出す「トランプ共和党」の亀裂と「右派ポピュリズム」の限界

執筆者:杉田弘毅 2020年8月25日
エリア: アジア 北米
8月20日、逮捕後、保釈金を納めてニューヨークの裁判所を出るバノン元首席戦略官 (C)EPA=時事

 

 天国から地獄――。映画のような派手な政治劇を地で行く、トランプ政権元首席戦略官スティーブ・バノン(66)の逮捕と起訴である。

 彼がいなかったらホワイトハウスの主にはなれなかったと言われるドナルド・トランプ米大統領は、

「彼とはもう長く付き合っていない」

 と冷たく突き放した。国境の壁、中国との対決、「ディープ・ステート」潰し、フェイクニュースのレッテル貼りなど、トランプ大統領の多くの戦略・戦術はバノンに負う。選挙戦の逆転を狙って助けを借りたいのが本音かもしれないが、今となっては刑事被告人バノンと距離を置くしかない。

 それにしても、希代の戦略家バノンはなぜ逮捕されたのか。

 バノンの逮捕はいくつものカラフルなファクターにあふれている。

 逮捕容疑は、トランプ大統領の重要公約である対メキシコ「国境の壁」建設資金の詐取だ。

 筆者は、2019年3月に来日したバノンを長時間インタビューした(『ポピュリズムと地政学:バノン思想の「今」を探る』2019年3月22日)が、彼は2020年大統領選挙でのトランプ再選のカギは「壁」と力説していた。不法移民をシャットアウトする壁建設は民主党支持者も過半数が支持する政策だから、実現すれば、勝利は固いという説明だった。

 バノンは2017年8月に、大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー上級顧問との争いに敗れてホワイトハウスを去った後、壁建設のための資金をクラウドファンディングで集める組織「われわれが壁をつくる」を創設。50万人から2500万ドル(約26億4600万円)を集めた。

 起訴状は、2500万ドルのうち1100万ドル(約11億6400万円)を使って、ニューメキシコ州とテキサス州の2カ所で合計1.6キロの壁を建設したが、100万ドル(約1億500万円)以上をバノンは旅行や私的な買い物に使ったと明らかにしている。

 バノンは、この組織は非営利団体ですべての寄付金は壁建設用に使われ、自分は一銭の利益も得ないボランティアだ、と説明していたから、確かに詐欺に当たる。犯行を隠すために偽の請求書や帳簿をつくり、隠蔽工作も行った。

 詐欺と資金洗浄の罪でバノンは最高で禁錮40年の刑となる可能性がある。不法移民の侵略から米国社会を守ると誓っていたバノンなのに、支持者が大義に投じた金で私腹を肥やしたとなれば、イメージは失墜だ。

謎の中国人実業家

 逮捕された時、バノンはコネチカット州ウエストブルック沖に停泊していた中国人実業家・郭文貴所有の大型ヨットで寝泊まりしていた。「中国は世界の害悪」と断言するバノンの信条からすれば、中国人実業家と聞いて一瞬耳を疑ってしまう。

 郭文貴は中国山東省出身で、不動産ビジネスで成功した。中国国家安全省と関係が深かったが、同省による汚職捜査が迫っていることを知って2014年に渡米。マンハッタンの高級住宅街に居を構え、中国共産党高官の腐敗を自らのSNSなどで激しく追及している。中国共産党攻撃のために1億5000万ドルの私財を投入すると米メディアに語り、共産党に批判的な在外中国人の支持を集めた。2017年には中国当局の要請で国際刑事警察機構(インターポール)が贈賄、詐欺、資金洗浄の容疑で国際手配を行った。

 バノンとの接点は2018年にさかのぼる。郭とバノンは中国共産党攻撃で一致し、2018年11月、共産党の腐敗を暴露し迫害された人々を支援するための「法治基金」と呼ぶ組織をつくり、郭が1億ドル(約105億8500万円)を提供し、バノンが会長に就任した。

 今年春には、郭とバノンは「GTVメディア」という中国批判とEコマースを行う新企業を立ち上げ、私募債を発行して3億ドル(約317億6100万円)を超す出資を集めた。

 だがこの私募債発行について、出資者が債券など出資を証明する文書が届いていないとして被害を訴え、米連邦捜査局(FBI)と証券取引委員会(SEC)が証券取引法違反の疑いで捜査を始めた。FBIは郭が米国で集めた他の資金についても昨年から捜査に着手していた。

 2人は郭の時価2800万ドル(約29億6300万円)のヨットで一緒に過ごす時間も多く、中国との戦い方を話し合っていたという。

 逮捕されたバノンはニューヨーク連邦地裁での罪状認否に出廷した際、真っ赤に日焼けしていたが、長いヨット暮らしならではである。

なぜ「今」なのか

 バノン逮捕にはいくつかの謎が浮かぶ。

 1つは、郭文貴の役割だ。郭が中国共産党の敵ではなく、実はスパイだという見方が一部で流れている。2018年に米コンサルティング企業が、郭が所有する企業から「中国共産党幹部と関連を持つ人物」の調査を依頼されたが、実際に対象となったのは、反体制派の在米中国人であり、この企業は郭が「反体制派狩り」を行っていると非難した。郭は、

「自分は共産党から指名手配されている人間だ」

 と疑いを全面的に否定している。

 また、普段からプライベートジェットで旅行する裕福なバノンが詐欺行為をしたのはなぜだろうか。連邦地裁も保釈金500万ドル(約5億2900万円)の支払いで保釈を認めたのだから、バノンの資力を確認しているのだが、実生活では貧窮していたのだろうか。それとも、微罪での逮捕を突破口にさらに大きな犯罪捜査が控えているのだろうか。

 そして大きな謎は、なぜ大統領選が本格化するこの時期の逮捕なのか、という点だ。

 実は8月に入って矢継ぎ早にバノン包囲網が狭まっていた。

 逮捕は8月20日だが、その1日前の19日には、『ウォール・ストリート・ジャーナル』が先述した郭文貴とバノンの私募債発行をめぐる疑惑と、2人への捜査開始をスクープした。また8月17日には、上院情報委員会が、ロシアゲート疑惑でバノンが偽証した疑いがあるとして司法省に捜査を要求したことを明らかにした。連続した動きは、バノンを捕えようと司法当局や議会が組織的に動いていることを意味する。

バノンを怖がる共和党

 バノンを逮捕したニューヨーク南部地区の検事は、民主党寄りとは目されていない。前任の検事はトランプ大統領やその側近らの疑惑を次々捜査し、大統領によって辞任を命じられたが、辞任の条件が、後任が自らの捜査を引き継いで進めることだったという。

 大統領を徹底的にかばうウィリアム・バー司法長官も、バノン逮捕を事前に知っていたという。ということは、トランプ大統領もバノン逮捕を事前に把握していたとみるべきだろう。

 逮捕の報にはリベラル陣営だけでなく、共和党内で喜びの声が上がっている。私とのインタビューでバノンはミッチ・マコネル上院院内総務ら共和党主流派を、

「移民や中国政策で弱く、民主党よりひどい」

 と非難してきたが、マコネル上院議員の側近は、議員がバノン逮捕に大喜びしている、と米メディアに話している。バノンに煮え湯を飲まされてきた政権高官や議員は同じ思いだろう。

 トランプ大統領はバノンに依然恩義を感じている。バノンはロシアゲート疑惑では徹底的に大統領を擁護し、最近は政権のインナーサークルに近づいていた。『ワシントン・ポスト』によると、初夏には大統領はバノンと電話で会談し、選挙戦について意見交換している。トランプ大統領は選挙戦立て直しのために、バノンが必要だと感じたかもしれない。

 バノンは新型コロナウイルス感染対策でもいくつかの興味を引く案を発表しており、右派メディアは、トランプ陣営はバノンを選対に招くべきだ、と促していた。バノンが唱える「壁」と「反中国」は保守層だけでなく、中道、左派の一部からも支持を得ることから、うまく行けばトランプ大統領の逆境を撥ね返し、2016年のように僅差で再選を勝ち取るチャンスがでてくる。

 一方でこうした動きに共和党主流派は、バノンは再びトランプ大統領を人種差別的な言動など危険な道に導き、共和党を分断し破壊してしまう、との恐れを覚えていたはずだ。

バノンの真の価値

 バノンが始めた壁建設のためのクラウドファンディングは、大統領の長男であるドナルド・トランプ・ジュニアが「最高の起業」と持ち上げ、好評だった。壁建設に対して議会から費用が出ないため、政権は国防総省の予算を回すなど苦肉の策を取ってきた。バノンが始めた寄付集めは政権に代わって建設しようというものだから、トランプ大統領は本来感謝すべきだ。

 しかし今は、トランプ家は、

「われわれはバノンの組織と何の関係もない」(トランプ・ジュニア)

 と掌を返したように突き放している。壁建設も、

「私を貶めるものだ」(トランプ大統領)

 というのだから、何とも薄情である。バノンを見捨てたことで右派の反発を買うかもしれないが、選挙前の微妙な時期に捜査を止めて攻撃を受ける方が大きな痛手となるという判断だろう。

 2017年に政権を追われてからのバノンの様々な活動は、成功とは言い難い。世界の右派ポピュリズム支援は、狙いを絞った2019年春の欧州議会選挙で右派が議席を伸ばせず、むしろ「緑の党」など左派勢力が伸長したことで失敗した。

 バノンが親密な関係を築いたイタリアの右派ポピュリスト政党「同盟」のマッテオ・サルビーニ書記長は、2019年夏に連立政権から追放された。マリーヌ・ルペン仏「国民連合」党首など欧州右派はナショナリズムを掲げており、米国からやってきた上から目線のバノンに対して拒否感を持っている。

 壁建設にしても、トランプ政権が設定した2021年初頭までに800キロの壁を建設する目標は、予算不足や土地収用の遅れで実現不可能だ。中国との関係は、トランプ大統領は急速に対決姿勢に転じたものの、経済的な結びつきもあり国を挙げての戦いとはなっていない。

「影の司令官」の地位を維持か

 捜査が政治性を帯びることが多い米国では、逮捕・起訴歴がありながら影響力を持つ人物は多い。バノンは政治家ではないから、一般国民の間での評判よりもパトロンである右派資産家や白人労働者の支持がその活動に重要だ。右派の熱烈な支持者は、バノンが逮捕されたからと言って態度を変えたりしないのではないか。

 私がインタビューや会食で受けた印象では、バノンという人物は個人的な名声ではなく、世界的な反グローバリズム運動や反中国運動の「影の司令官」を目指している。表に出る政治家でなく裏で活動するのならば、逮捕のダメージは小さいかもしれない。トランプ大統領による減刑も期待しているだろう。

 しかし、バノンが戦略を描く頭脳を持ちながらも、結局のところは経済利権を狙う一部の保守金満家や郭文貴のような謎が多い外国人に資金を頼って生存している実像が、今回の逮捕で浮かび上がった。米国の右派ポピュリズムに幅広い国民的支持が集まっていない現実を示し、その限界が見えたように思う。

 それにしても、ポール・マナフォート元トランプ選対本部長、マイケル・フリン元国家安全保障問題担当大統領補佐官、マイケル・コーエン元顧問弁護士、元側近のロジャー・ストーン、そしてバノンと、トランプ大統領を支えた人々の相次ぐ逮捕・起訴は、大統領とその政権の闇をあらためて印象付けた。

 バノン逮捕はトランプ大統領の再選戦略にもう1つ暗い影を投げかける。

 

カテゴリ: 政治 IT・メディア 社会
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執筆者プロフィール
杉田弘毅 共同通信社特別編集委員。1957年生まれ。一橋大学法学部を卒業後、共同通信社に入社。テヘラン支局長、ワシントン特派員、ワシントン支局長、編集委員室長、論説委員長などを経て現職。安倍ジャーナリスト・フェローシップ選考委員、東京-北京フォーラム実行委員、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科講師なども務める。著書に『検証 非核の選択』(岩波書店)、『アメリカはなぜ変われるのか』(ちくま新書)、『入門 トランプ政権』(共同通信社)、『「ポスト・グローバル時代」の地政学』(新潮選書)、『アメリカの制裁外交』(岩波新書)など。
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