自民党「提言」で見えた「デジタル庁」に襲いかかる「霞が関」の猛烈抵抗

執筆者:磯山友幸 2020年12月25日
カテゴリ: 政治
エリア: アジア
12月22日、自民党のデジタル社会推進本部が菅首相に申し入れた「提言」を申し入れた際の様子(小林史明衆議院議員HPより)

 

 菅義偉首相が政策の柱として打ち出した「デジタル庁」。2021年9月の発足を目指して、組織の立ち上げ作業が急ピッチで進んでいる。菅首相はデジタル庁を「縦割り打破」の起爆剤にするとしているが、役所を新たに作るだけでは、さらに縦割りが増えるだけに終わりかねない。

 果たしてデジタル庁はどんな機能を担い、私たちの生活にどんな変化をもたらすのか。
12月22日、自民党政務調査会のデジタル社会推進本部が菅首相に申し入れた「提言」に、その姿を垣間見ることができる。

提言には70近い項目

 実は、同本部は11月17日に、「第1次提言」を平井卓也デジタル改革担当大臣に手交しており、今回の提言はさらに具体策に踏み込んだ「第2次提言」。菅首相にはこの2つを合わせた申し入れが行われた。

 同本部の事務総長を務める小林史明衆議院議員によると、

 「この間、平井大臣とは週に1回ペースで議論をしており、政府の取り組みとすり合わせができている」

 と、自民党から首相への申し入れという「形」を整えることで、霞が関ペースではなく、政治主導でデジタル庁を作り上げていくことを狙っている。つまり、提言を見れば、菅内閣がデジタル庁でどんな「改革」を行おうとしているのかが、見えてくるというわけだ。

 では、デジタル庁は何を目指すのか。第2次提言の冒頭にはこうある。

 「目指すべきは、平時の公平・便利、有事の安心を念頭に、包摂性、多様性があり、いつでも、どこでも簡単に有用な情報を活用できるデジタル社会である。特に、行政サービスにおいては、国民が公共サービスの新しい価値を実感できるよう、官民両面での効率性、生産性の飛躍的な向上を目指すべきである」

 そのうえで、短期的には、「行政サービスが変わって便利になった」という実感を国民に持ってもらえるような具体的な成果を上げること、中長期的には、「ベース・レジストリの整備やこれを基盤とした自治体システムの共通化、レガシー刷新等」を行うとし、それが「実現すれば行政サービスの抜本的な利便性向上につながる」としている。

 総論としては分かるが、それで国民の生活は具体的にどう変わっていくのか。

 提言には70近い項目が並ぶ。「教育分野」「医療・介護・福祉」「防災・減災」といった個人が恩恵を受けるものから、企業・個人事業主の利便性が高まるもの、政府や地方公共団体の効率化、サイバーセキュリティーまで多岐に渡る。

国民の批判が背景に

 例えば、個人で言うと、

 「国、地方関係なく、引っ越し、結婚・離婚、妊娠・出産、死亡、相続、福祉申請、税、年末調整、予防接種、保育など各種ライフイベントの際に必要な行政手続についてプッシュ通知が行われる仕組みの構築と合わせ、ワンストップ・ワンスオンリーで手続が可能な世界最高水準のUI/UXの個人向け行政手続きポータルの作成」

 に取り組むとしている。

 要するに、住所地の役所に何度も足を運ばなくても、オンラインの1つの入り口からすべての手続きが完了できるようにする、ということだ。これを実現しようと思えば、まさに「縦割り」を横断する仕組みが不可欠になる。

 また、

 「国民が申請手続の簡素化や支払い・給付の迅速化といったメリットを受けられるようにするため、国民が任意でマイナンバー付きの口座を登録する制度の構築」

 に取り組むとしている。

 政府と個人の間のお金のやり取り、つまり給付金の受け取りや税金の支払いなどが簡単にできるようにするという。これは、新型コロナウイルス感染症対策として1人一律10万円の特別定額給付金を支給するのに数カ月を要し、国民から強い批判を浴びたことが背景にある。

 教育については、

 「オンライン教育、デジタル教科書をはじめ、デジタルで利用可能な教育コンテンツの充実などの環境整備と、教員側のオンライン教育ツールの導入促進」

 を掲げる。

 タブレットやパソコンなどを、生徒1人につき1台整備する「GIGAスクール構想」がすでにスタートしており、2020年度中に実現する予定だが、これをベースにオンライン教育の拡大を促していくことを掲げている。

 さらに、

 「地域による学習環境の格差をなくすため、国及び地方公共団体が運営するオンライン塾・オンライン家庭学習支援の開発」

 を行うとしている。

 医療・介護・福祉では、

 「健診結果、ワクチン接種、臨床検査結果、診断名、既往歴、薬歴、カルテ、レセプト、処方箋等をデジタル化するとともに、当該データが、いつでもどこでも確認できるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)プラットフォームの確立」

 を掲げる。

 加えて、デジタル庁の取り組みによっては、企業や個人事業主に利便性が提供できる。例えば、

 「福祉申請、税、社会保障、年末調整、社員の異動による申告、建築許可などあらゆるイベントの際に必要な行政手続及び情報取得をワンストップ・ワンスオンリーで実施可能」

 な行政手続ポータルを実現するという。

 これが実現すれば、企業の会計データが行政に共有されることで、助成金支給などが半ば自動的に行われるような仕組みが可能になる。

 さらに、医師、看護師、保育士、介護士といった資格保有者や在職履歴などのデータベースを整備し、人材マッチングができるようにするとしている。

「何をやるかは二の次」

 問題は、こうした改革に霞が関が今後どう反応するかだ。デジタル・インフラの整備には「総論賛成」だとしても、それぞれの役所が持つ「権益」がデジタル化で侵されることが見えてくれば、猛烈に抵抗するに違いない。

 例えば教育では、人口減少に悩む島嶼部や僻地などの教育にオンラインを活用すれば、「学校」という機能を大きく変えることになる。が、そうした学校のあり方などには今回の提言では踏み込んでいない。

 医療でもオンライン診療の完全自由化など、医師会が抵抗する問題には触れずに穏便な表現に留めている。

 しかし、デジタル・インフラを整備していけば、そのうえで行われるサービスのあり方が変わるのは当然で、それが見え始めれば、既存のやり方に固執する所轄官庁の抵抗が起きることは容易に想像できる。それだけに、デジタル庁が強力な権限を持つことができるかどうかが、問われるわけだ。

 「デジタル庁の定員をどうするかや、ポストをどこが握るかなどに熱心で、何をやるかという中身は二の次になっている」

 と、デジタル庁創設に関係する民間経営者は呆れる。デジタル社会推進本部が具体的な中身を繰り返し提言しているのも、放っておけば「まず組織ありき」「ポストありき」の霞が関流に押し流されてしまう懸念が強いからだろう。

 第1次提言でも民間人の登用には、「デジタル庁設置において、各府省から振替られた機構・定員等に影響されない人事配置とする」としているが、これも、まず組織ができて役所人事が終わった後に、民間人を限られたポストに当てはめていくのでは、これまでの霞が関省庁と変わらないものになってしまうという危機感がある。

 「首相の肝煎り政策ということもあってか、今のところ役所の目立った抵抗はない」

 と自民党の関係者は言う。本当に、デジタル社会推進本部が描くような「効率的な行政」が生まれるかどうかは、これからの半年余りが勝負になるだろう。

 かつて「消えた年金記録」が政権を吹き飛ばす大問題になったが、その原因は旧社会保険庁の現場が「コンピューターの導入は労働強化だ」としてデジタル化に抵抗し続けたことにあった。

 デジタル庁が目指すDX(デジタル・トランスフォーメーション)の本質は、デジタル化にあるのではなく、デジタル化による業務改革にある。業務改革に抗う「遺伝子」が息づく霞が関の抵抗はこれからだろう。
 

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執筆者プロフィール
磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。
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