風の向こう側
風の向こう側 (90)

T・ウッズ交通事故「7つの謎」が解明される日

執筆者:舩越園子 2021年3月6日
カテゴリ: スポーツ
エリア: 北米
トップ選手らもマキロイ(左)の呼びかけで次々とウッズの勝負服でリスペクトを表した(右はパトリック・リード)(C)EPA=時事
 

 2月23日早朝に米カリフォルニア州ロサンゼルス郊外で起こったタイガー・ウッズ(45)の交通事故の直後から、「なぜ、ウッズほどの大物が、自分で車を運転していたんですか?」という問い合わせが私のところへ多数寄せられた。週刊誌の記者からも、開口一番、その疑問をぶつけられた。

 なるほど。ウッズが自らハンドルを握っていたことは、日本の多くの方々にとって「謎」のように感じられたことがわかった。しかし、ウッズをはじめとする米ツアー選手たちの現状に目をやれば、それは決して「謎」ではなく、むしろ日常の当たり前のコトなのだ。

 ウッズは、学生時代はもちろんのこと、プロ転向して米ツアー選手になったときも、1997年「マスターズ」を圧勝してスーパースターと化してからも、メジャー15勝を含む歴代1位タイの通算82勝を挙げてきたこれまでも、終始一貫して自分で車を運転してきた。

 たとえば、2001年の9・11(米同時多発テロ事件)が起こった際、「アメリカンエキスプレス選手権」出場のためミズーリ州にいたウッズは、大会中止が決まったあと、1人で15時間ハンドルを握り続け、フロリダの自宅へ帰っていった。

 2009年11月27日、サンクスギビングデーの夜にウッズは消火栓にぶつかる自損事故を起こし、その小さな交通事故が発端となって未曽有の不倫騒動に発展したことはご存じの通りだが、あのときもウッズはキャデラックのエスカレードを自身で運転していた。

 2017年5月29日の未明、メルセデスベンツの車内で酩酊状態で発見されたウッズは、その場でDUI(アルコールまたは薬の影響下で運転)で逮捕され、世界を驚愕させたが、あのときもウッズは運転席に座っていた。

 これらの例は、「どれも特殊ケースだろう?」と思うかもしれない。しかし、日ごろのツアー生活で宿舎と試合会場を行き来する際も、大会側が特別な事情で全選手に送迎サービスを提供する場合を除けば、ウッズは必ず自分で運転していた。

 試合会場の選手用駐車場には、選手名を記したネームプレートが貼られる。その大会の過去の優勝者には優勝した年まで書き添えられたネームプレートが用意され、クラブハウスに一番近い最高の駐車スペースが提供される。

 たとえば「2000年チャンピオン、タイガー・ウッズ」などと記された駐車スペースの前で、キャディやマネージャー、メディアなどが早朝から「入り待ち」していると、やがてウッズが運転する車がやってきて、スーッとそこに車を停める。その瞬間、周囲に緊張が走り、いろいろなコトが動き出す。

 それが、ウッズが出場する試合会場の「いつもの朝の風景」だった。

「大物には運転させない」という考え方は、もちろん米国でも一部にはあるのだが、少なくともウッズや大半の米ツアー選手の間には、その考え方は、ほぼ見られない。

 そもそも車社会の米国で運転をすべて第三者に任せていたら、それこそ24時間、その第三者をすぐそばに待機させなければならなくなる。だからと言って、必要なときにいちいち運転手を呼んでいたら、それはそれで毎日が苛立ちの連続になる。だからウッズも他選手の大半も自分でハンドルを握るわけで、それは自力で歩けるのだから歩くというのと、ほとんど同じ意味合いである。

「でも試合のときはチームで行動するのでは? チームの誰かが代わりに運転すればいいのでは?」と思うかもしれない。しかし、米ツアーの一流選手たちが擁するチームは、それぞれのプロフェッショナルたちの集団だ。キャディなら試合中にバッグを担いで選手をアシストすることが仕事、コーチなら技術指導が仕事、マネージャーならスケジュールや契約の管理が仕事であり、ウッズの運転手でも身の回りの世話係でもない。

 彼らは「仕事場」である試合会場でウッズと会って「グッド・モーニング」と挨拶し合い、その日の仕事を終えたら「また明日」と言って別れる。そこから先は、それぞれが単独行動となり、ウッズも自身で運転して引き上げていく。

 米ツアー選手たちの大半も、ウッズ同様、そういうスタイルで行動しており、そのあたりの考え方や姿勢は、日本のスポーツ界の長年の慣習とは大きく異なっている。

 その意味で、今回の交通事故の際、ウッズ自身が運転していたことは、米国事情や米ツアーの現状、ウッズ自身のスタイルに照らせば、それは決して「謎」ではない。

22分間で次々浮かぶ「謎」

 そう、ウッズが運転していたことは「謎」ではないのだが、ウッズの今回の交通事故には、いろいろな「謎」が残されている。

 2月23日の朝6時50分ごろ、ウッズは滞在していたロサンゼルス南西部の高級住宅街パロスベルデスのリゾートホテルのロビーから「慌てた様子で」「真っ青な顔で」「怒った顔で」駐車場へ出ていった姿が目撃されている。

 予定では、テレビ番組の撮影のため、車で10~15分の距離にある「ローリングヒルズCC」へ向かうはずで、7時前に出発すれば集合時間の8時には十分に間に合う。それなのに、なぜ、それほど慌てていたのか。まず、その理由が「謎」である。

 ところが、駐車場に停めてあったヒュンダイのジェネシスGV80に乗り込んだウッズは、それから数分間、「エンジンをかけずに車内にいた」という目撃証言もある。慌てて車に飛び乗ったのに、発進させるまでの間、なぜ、数分間のタイムラグがあったのか。それも「謎」と言われている。

 そして数分後、今度こそ急発進したウッズの車は、ちょうど入れ替わりでそのホテルの駐車場へ入ってきたテレビ局のディレクターの車とほとんどぶつかりそうになりながら大慌てで車道へ飛び出していったそうで、数分間のタイムラグ後、一転して急発進した理由も「謎」である。

 事故発生の数分前、7時5分ごろの現場近くの防犯カメラには、ホーソーン・ブルーバードを走るウッズの車とその前を行くミニバン、2台の走行が録画されていた。ウッズの車は前を行くミニバンと十分に車間を取り、スムーズに走っている様子だった。

 ホテルの駐車場から急発進したにもかかわらず、わずか数分後には落ちついた様子の走行。しかし、そのまた数分後の7時12分には道路から6メートルも脇のブッシュの中へ突っ込んでしまったのは、なぜだったのか。

「謎」は次々に浮かび上がる。

警察の結論

 近所の住人の911コールでパトカーや消防車が駆けつけ、救出されたウッズは、「ハーバー・UCLA・メディカル・センター」へ救急搬送されて緊急手術を受けた。その後、継続的なケアを受けるため、「シダーズ・サイナイ・メディカル・センター」へ転院。「タイガーは元気にしている」という一報に、世界中のファンが、とにもかくにも胸を撫で下ろした。

 それから数日後、事故現場で救助に当たった保安官や調査官らが「ウッズは事故を記憶していない」と明かしたことが、一部の欧米メディアから報じられた。

 さらに数日後、今度は現場を検証した事故調査のエキスパートらが「ブレーキを踏んだ形跡がないのは、ウッズが発作などの病的症状を発症して意識がなかったか、あるいは居眠りしていたかのどちらかだったことを示している」と語った。

 また別の調査官は「制限速度が45マイル(約72キロ)の道路で60~65マイルのスピードで走って止まっている物体に衝突したら、死亡する確率はきわめて高い」ことから推測すると、ウッズの事故は「スピードはさほど問題ではなかったはずだ。ブレーキ痕がなく、車体の向きも変えていないことからすると、何らかの理由で前方を認識しないまま、カーブをまっすぐ突っ切った」と指摘した。

 一般的に前方不注意の原因には「スマホを見ていた」「電話で会話していて気を取られていた」等々いろいろあるそうだが、仮にウッズが何らかの原因で前方不注意の状態になっていたのだとしても、その原因は今のところは、わかっていない。

 さらなる「謎」は、薬物やアルコールの影響を調べるための尿検査は行われ、「影響なし」と結論されたものの、病的症状を起こしていたかどうか等々を調べるための血液検査は行われていないと言われている点だ。

 救急搬送された病院で手術前に採血された血液が保管されているそうで、「その血液を調べないのか?」と米メディアは詰め寄ったが、警察側はそれを行わず、車に搭載されていた「ブラックボックス」に相当するコンピューターの詳細分析も行わないうちに、早々に「単純事故」と結論づけようとしている。

 それは、果たして、なぜなのか。それも「謎だ」と米メディアは報じている。

選手たちの「レッド&ブラック」

 事故現場からは「ウッズは両足に重傷を負っている」と報じられたのに、手術後に発表されている内容は複雑骨折した右足の状態に限定されていて、左足にはまったく言及されていないことも「謎」の1つだ。

 そんなふうに「謎」はいくつも残されたままではあるが、ただ1つ、はっきりしていることは、ウッズの命が助かったという奇跡的な事実。そして、すでにウッズが回復途上にあることは、事故後の嬉しい事実だ。

 ローリー・マキロイ(31)やジャスティン・トーマス(27)をはじめとする米ツアー選手たちがウッズの勝負服である「レッドシャツ&ブラックパンツ」姿で最終日を戦い、長年の好敵手フィル・ミケルソン(50)は前日にわざわざ街中のショップで購入したという赤いシャツ姿でシニアの大会を戦い、女子ツアーの試合会場では13年ぶりに戦線復帰した50歳のアニカ・ソレンスタムが夫や息子とともに「レッド&ブラック」の装いで登場。

 そうやって周囲から送られた声援を病院のベッドの上で受け取ったウッズは、「言葉では言い表せないぐらいだ」と、感動をツイッターで発信した。ウッズがすぐさまリアクションを見せたことで、世界中のファンは、また1つ、安堵を覚えたことだろう。

 残されたままになっている数々の「謎」は、事故に法的責任が問われない限り、捜査当局によって解明されることはないだろう。

 しかし、ゴルフ界の偉大な至宝としてライバル選手たちからもリスペクトされ愛され、世界中のファンから快癒の祈りを捧げられているウッズには、そうした愛と祈りに応えてほしいと思う。

 応える術は、一日も早く再びグリーン上で勇姿を見せてくれること。そして、数々の「謎」を自身の肉声で解き明かし、方々から沸き出している疑問の声を払拭し、大勢のファンを心底安心させてほしい。

 それがいつの日になるかはさておき、今はひたすら、私も彼の回復を祈りたい。

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執筆者プロフィール
舩越園子 ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。
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