バイデン政権「移民危機」に復権のチャンスを窺うトランプ派

執筆者:村山祐介 2021年4月19日
エリア: 北米 中南米
移民が殺到するメキシコ国境(C)AFP=時事
 

アメリカ南部のメキシコとの国境に、子どもだけの移民が殺到する異常事態が続いている。3月は前月から倍増し、史上最多の約1万9000人に達した。「移民危機」は、対応が後手に回ったジョー・バイデン米政権の急所になりつつある。

 

定員の16倍の子どもが密集

 夜陰に紛れ、高さ4.3メートルの国境フェンス上にまたがった男が、抱えた少女を米国側にゆっくりと降ろしていく。地面まで高さ約2メートル。ボトリと落ちた少女は衝撃で前のめりに突っ伏し、約15秒間もうずくまっていた。2人目の少女を米国側に落とすと、男は奥にいたもう1人とともにメキシコ側に走り去った――。

 ニューメキシコ州で3月30日夜、米国境警備隊の暗視カメラがとらえた密入国の瞬間だ。すぐに警備隊が駆けつけて少女たちは無事保護されたが、現場は最寄りの住宅まで数キロも離れた砂漠地帯だった。少女たちは南米エクアドル出身の5歳と3歳で、逃げ去った2人組は密航手引き人とみられている。

国境警備隊が捉えた衝撃の瞬間

 テキサス州でも4月1日、警備隊の車両に10歳の中米ニカラグアの少年が泣きながら助けを求めた。ワシントンポスト紙などによると、少年は3月、母と一緒に国境を越えたものの、警備隊にメキシコ側に追い返され、その直後に母とともに誘拐された。米国に住む親族が身代金の要求額の半分を支払ったことで少年だけ解放されて米国側で放置され、砂漠地帯を1人で4時間さまよったという。

 テキサス州と国境を隔てるメキシコ北部は、麻薬カルテルが激しい縄張り争いを繰り広げ、米国務省がシリアやアフガニスタン並みとも位置付ける危険地帯だ。カルテルが「コヨーテ」と呼ばれる密航手引き人を囲い込み、身代金目的で移民を誘拐する事件も相次いでいる。

 米税関・国境警備局(CBP)の統計によると、3月に見つかった密入国者は約17万2000人。今年1月までは4カ月連続7万人台だったが、バイデン政権発足直後の2月に10万人台に乗り、そこからさらに跳ね上がった。 

 なかでも際立つのが、保護者がいない「子どもだけ」の移民だ。1月は5852人だったが、2月に9431人と急増し、3月にはさらに倍増して1万8890人と史上最多となった。

 

 すでに当局の対応能力を超えており、3月30日に米メディアに公開されたテキサス州の移民収容施設は、アルミホイルの緊急用ブランケットに身を包んだ小中学生くらいの子どもたちが足の踏み場もない状態でたたずんでいた。

 CBSニュースによると、新型コロナウイルス対策に基づく収容定員250人の16倍を超す約4100人が収容されていた。子どもは72時間以内に環境のよい保護施設に移送される決まりだが、約2000人が刑務所のようなこの収容施設に超過滞在している状態で、15日以上留め置かれている子もいるという。

保護者のいない子どもに限って受け入れ

 子どもの移民が国境に殺到する事態の引き金を引いたのは、バイデン政権自身だった。

 ドナルド・トランプ前政権は昨年3月からコロナ対策を名目に密入国者を即時国外退去処分としてきたが、バイデン政権は保護者のいない子どもに限って、人道的対応として受け入れを再開した。

 移民の目線で見れば、親と一緒なら退去させられるが、子どもだけなら確実に受け入れてもらえるうえ、最終的に米国にいる親族の元まで送り届けてくれる、ということになる。

 警備隊幹部はCNNの取材に「多くの家族がメキシコで自ら離れ離れになっている」と指摘した。家族で密入国していったん国外退去になった後、子どもだけを再び送り出すケースが増えているのだという。

 親たちが子どもだけでも米国に行かせようとする背景には、母国・中米諸国の窮状がある。

 もともと治安悪化と貧困で多くの移民を送り出してきた地域だが、昨年は新型コロナ流行で経済に急ブレーキがかかったうえ、11月に2つの大型ハリケーンが直撃した。グアテマラやホンジュラスなどで200人以上が死亡し、730万人が被災した。

 そこに登場したのが人道的対応を掲げ、トランプ前政権時代の移民排除策の撤回を公約したバイデン政権だった。切羽詰まった中米貧困層の間で期待が高まり、バイデン氏就任直前の1月中旬には、ホンジュラスから出発した移民キャラバンに数千人が加わった。隣国グアテマラ当局が催涙ガスで追い返したものの、その後は集団行動を避け、動きはより把握しにくくなっている。

届かなかったバイデン氏のメッセージ

 バイデン政権の分かりにくい情報発信が誤解を生んだ側面もある。

 バイデン氏は1月20日の就任初日、国境の壁建設を中止する大統領令に署名するなど、移民政策の大転換をアピールした。貧困や暴力など移民が母国を離れる根本的な原因に対処することを約束し、40億ドル(約4400億円)の支援を表明。メキシコ側で審理を待たされてきた難民認定申請者の入国を認め、彼らが歓喜する様子がメディアで報じられた。

 その一方、排除策の柱だった即時国外退去は子どもを除いては維持しており、政権幹部は「今は来ようとしないで」と呼びかけていた。バイデン氏も就任前の昨年12月の会見で「就任初日にすべての規制を撤廃するわけにはいかない」と段階的に取り組む方針を示し、拙速に進めれば「突発的な危機が起き、我々の取り組みが困難に陥ってしまう」との懸念を示していた。

 ハードルは徐々に下げるし、手も差し伸べるから、今すぐは来ないで欲しい――。そんな込み入ったメッセージは期待を膨らませた移民の耳には届かず、バイデン氏が恐れていた懸念が的中した。

 米メディアは「移民危機」「人道危機」として連日報じるが、バイデン政権は人道的対応を掲げているだけに、前政権のように米軍を派遣して威嚇したり、催涙ガスで追い払ったりするわけにもいかない。

 バイデン氏は3月16日、米テレビで「私がナイスガイだから来ていると聞くが」と、移民の「誤解」に触れ、「来るな、とはっきり言う」と強調。翌週にはカマラ・ハリス副大統領を移民対策の責任者に任命してメキシコや中米3カ国との調整に当たらせたり、移民を思いとどまるよう促すラジオCMを中南米で流したりしているが、移民の通り道にあたるメキシコやグアテマラに食い止めてもらうしかない状況だ。

勢いづくトランプ派

「危機」が長引いたり、対応に失敗したりすれば、来年11月の中間選挙に向けた政権のアキレス腱になりかねない危うさをはらむ。

 実際、移民問題は近年、選挙の年に政治問題化して時の政権を揺さぶってきた。

 大きな社会問題になったのが、バイデン氏が副大統領だったバラク・オバマ政権下の2014年。今回と同様に子どもや家族連れが殺到して収容能力を超え、「人道危機」と批判された。2016年の大統領選では、共和党候補だったトランプ氏の壁建設の主張が大きなうねりを巻き起こした。2018年の中間選挙前には、大統領になったトランプ氏の「親子引き離し政策」が猛反発を受けて撤回を余儀なくされ、その後、移民集団キャラバンの到来で大騒ぎになった。

 移民問題がコロナ禍、経済危機、黒人差別問題の陰に隠れた2020年の大統領選は、むしろ例外だったといえる。

 コロナ対策などで順調な滑り出しを見せたバイデン政権にとっては、すでに移民問題が急所になりつつある。

 AP通信などが3月25~29日に行った世論調査では、政権の移民政策について56%が「支持しない」と回答し、コロナ対策や経済など9項目で最も低評価だった。子ども移民への対応を個別に聞いた質問では、支持は24%にとどまった。

 バイデン氏が3月25日に就任後初めて開いた記者会見でも、質問は移民問題に集中。「移民が冬に急増するのは毎年のことだ」「トランプ政権に壊された対応能力の立て直しには時間がかかる」などと釈明に追われた。不法滞在者に市民権獲得の道を開くバイデン氏肝いりの法案は下院を通過したものの、野党共和党は一段と批判を強めており、上院で成立する見込みは立っていない。

 野に下ったトランプ氏も3月21日に声明を出し、「史上最も安全な国境を引き継いだのに、国家的な大災害に変えてしまった」とこき下ろした。

 実はトランプ氏は、こうした事態を「予言」していた。

 連邦議会議事堂への襲撃事件の渦中にいた1月12日、テキサス州の国境付近までわざわざ足を運び、壁を前にこう語っていたのだ。

「もし我々の国境安全策が覆されたら、不法移民の津波の引き金になるだろう。いまだかつて見たことないような波だ」

 トランプ氏は最近、自らに近い政治家を「推薦」する声明を次々と出したり、フロリダ州パームビーチの邸宅「マール・ア・ラーゴ」で共和党議員や大口献金者らと相次いで会合を開いたりと、動きを活発化させている。トランプ氏の退任早々に「マール・ア・ラーゴ」を訪れ、中間選挙への協力を取り付けた共和党下院トップのケビン・マッカーシー院内総務は連日、ツイッターを封じられたトランプ氏を代弁するかのように「バイデンの国境危機は、国家安全保障の脅威だ」などと非難を続けている。

 トランプ氏が「壁建設」で熱狂をさらった2016年の大統領選の再現を狙って、復権を懸けた来年の中間選挙で再び移民問題の争点化を仕掛け、子飼い議員の大量当選を狙う可能性もある。

 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
村山祐介(むらやまゆうすけ) ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年、三菱商事株式会社入社。2001年、朝日新聞社入社。2009年からワシントン特派員として米政権の外交・安全保障、2012年からドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では経済産業省や外務省、首相官邸など政権取材を主に担当した。GLOBE編集部員、東京本社経済部次長(国際経済担当デスク)などを経て2020年3月に退社。米国に向かう移民を描いた著書『エクソダス―アメリカ国境の狂気と祈り―』(新潮社)で2021年度の講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞。2019年度のボーン・上田記念国際記者賞、2018年の第34回ATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門奨励賞も受賞した。
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