風の向こう側
風の向こう側 (93)

「プロキャディ」という存在の意味と大きさ

執筆者:舩越園子 2021年4月27日
カテゴリ: スポーツ
エリア: 北米
「TCN」の公式HPでは、松山英樹よりも早藤キャディの存在がクローズアップされていた
 

 松山英樹(29)が「マスターズ」優勝を決めた後、早藤将太キャディが18番グリーンのピンフラッグから旗を外し、竿をカップに戻してお辞儀をしたことが大きな話題になった。

 この連載の前回でも書いた通り、それほど話題になった要因の1つは、日本人やアジア人によるお辞儀という習慣が欧米ゴルフ界の人々の興味関心を喚起し、それが少々ミステリアスな魅力に感じられたことだと思う(2021年4月15日『欧米から見た松山マスターズ制覇の「わからないけどわかる」ポイント』)。

 だが、そもそもなぜ早藤キャディの動きに視線が向けられたのかと言えば、その理由は「優勝した選手のキャディは18番のフラッグを持ち帰ることができる」という粋な慣例があるからだ。

 日本人初、アジア人初のマスターズ・チャンピオンになった松山の相棒キャディは、その慣例にしたがって18番のピンフラッグを取るのだろうか? それとも、何か別のことをするのだろうか? そんな興味関心の目が早藤キャディに向けられていたことは間違いない。

 それほど欧米ゴルフ界ではキャディの慣例はよく知られており、もっと言えば、昔からキャディの存在が重要視されてきた。

 実際、米ゴルフ界には、昔から選手にビッグな勝利をもたらした名キャディが何人もいて、選手とキャディの名コンビが何組もあった。

 たとえば、1970年代からトム・ワトソン(71)のバッグを担いでいたブルース・エドワーズや、1980年代終盤からのニック・プライス(64)の相棒だったジェフ・“スクイ―キー”・メドレンは、メジャー優勝を運んでくる勝利の女神のようなキャディだと言われていた。

 エドワーズもスクイ―キーも、大きな注目を浴び、「有名キャディ」になったが、そうやってスポットライトを浴びても、どちらも控えめで謙虚で、人懐っこい人柄だったため、それがなおさら選手を支えるキャディとして素晴らしいと賞賛されていた。

 残念ながら、エドワーズはALS(筋萎縮性側索硬化症)、スクイ―キーは白血病で亡くなってしまったが、彼らは「キャディのレジェンド」として、今なお米ゴルフ界で語り継がれる存在だ。

 1980年代終盤から1990年代になると、ニック・ファルド(63)の傍らでポニーテールを揺らしながら歩く女性キャディ、ファニー・サニソンの働きが、しばしば話題になった。

 1996年にプロ転向したタイガー・ウッズ(45)の初代キャディは、サンタクロースのようなヒゲをたくわえたマイク・“フラフ”・コーワンだった。2代目キャディになったスティーブ・ウイリアムスのアグレッシブな仕事ぶりは、良くも悪くもニュースになった。

 現在のキャディ、ジョー・ラカバは3代目に当たり、彼こそは、あの不倫騒動後も、あのDUI(飲酒運転または薬の影響下の運転)による逮捕後も、ウッズを懸命に支えてきた。今年2月にウッズが交通事故を起こして緊急手術を受けた際、一番最初にウッズを見舞って言葉を交わしのもラカバだった。

 それほど、選手とキャディのつながりは強く、逆に言えば、深い信頼、固い絆で結ばれている選手とキャディだからこそ、偉業を達成できるということであろう。

キャディ養成の奨学財団

 米ゴルフ界において、そんなふうに、いつの時代にも名キャディが存在している背景には、名キャディを育む仕組みやシステムの充実がある。

 キャディを養成するための奨学金を提供するエバンス奨学財団は1930年にイリノイ州シカゴで創設され、シカゴ大学やノースウエスタン大学など州内外の数多くの大学やその他の施設でキャディ業を学ぶ学生や若者のために役立てられてきた。

 これまで投入された奨学金の合計額は実に435ミリオン・ダラー(約470億円)に上り、この奨学金でプロキャディになった卒業生は1万1300人を超えているという。

 いざ、PGAツアーやその下部組織のコーン・フェリー・ツアー、シニアのチャンピオンズツアー、女子ツアーのLPGAなどでバッグを担ぐプロキャディとして働き始めた人々をサポートする組織は、TCA(ザ・キャディ・アソシエーション)、PCA(プロ・キャディ・アソシエーション)、PTCA(プロフェッショナル・ツアー・キャディ・アソシエーション)などがあるが、近年、活発な活動をしているのは、TCN(ザ・キャディ・ネットワーク)だ。

 TCNがウェブサイトに専用のホームページを立ち上げたのは2018年6月。以後、ツアーで働くプロキャディたちの相互のネットワークを確立し、さらにはゴルフファンやゴルフビジネス界に向けて、キャディに関する「いろいろ」をアピールし、ファンづくりにも尽力している。

 そのTCNのロゴマークは、ピンフラッグを持ったキャディがしゃがんでパットのラインを読んでいる姿のシルエットを緑一色でデザイン化したもので、そのロゴマークを入れたTシャツを製作し、TCNのメンバーであるキャディたちに配布していた。

 そして、今年のマスターズ最終日、松山のバッグを担いでいた早藤キャディは、「オーガスタ・ナショナル」指定の白いつなぎの襟元から、その白いTシャツと緑のロゴマークを覗かせていた。それは、TCN関係者たちにとっては、狂喜するほどうれしい出来事だった。

オンライン販売も

「ショウタ・ハヤフジが、我らがTCNのTシャツを着て、マツヤマとともにマスターズで優勝争いをしている」

 そんなメッセージとともに、次々にツイッターに投稿された写真は、すべてTV画面をスマホで写したものだと思われたが、どれも早藤キャディばかりを捉えており、松山には申し訳ないぐらい、彼らにとっての「主役」は早藤キャディという雰囲気だった。

「TCNのTシャツを着たハヤフジが頑張っている!」

「マツヤマのバッグを担ぐハヤフジがTCNのロゴマークを見せつつ、優勝を目指して戦っている!」

 そんなTCNによる「盛り上げ」は、米ゴルフ界や米国のゴルフファンの視線を通常以上に早藤キャディに向けたと言えるのかもしれない。しかし、早藤キャディ自身は、そうした視線を意識することなく、湧き出る感謝の念から自然にあの一礼をした。

「感謝の気持ちでいっぱいでした。マスターズへのリスペクトを込めて、ありがとうの意味で、フツウにお辞儀をした」

 優勝争いの真っ只中、松山のメンタル面をいい状態に保つため、どんな言葉をかけたのかと問われたときも、早藤キャディはこんなふうに答えていた。

「どんな話をしたかは覚えていないんです。ただ自分がいつもやることを、いつも通りにやろうと思っていただけなんです」

 この平常心、この「フツウな感じ」こそが、米国のゴルフファンの胸に一層響いたのだと思う。特別なことをしようとせず、いつも通りのことをしたら、マスターズ優勝という特別なことを達成した早藤キャディは、そうできるぐらい日ごろからキャディとしての鍛錬を積んでおり、その積み重ねが肝心の場面で役に立ったということを自ら示した。

 それはプロキャディとしての鏡だ――。

 賞賛の嵐はやまず、早藤キャディが着ていたTCNのロゴ入りTシャツと、さらには同じロゴ入りのパーカーは、今なおオンライン販売で売れ行き好調だそうで、米ゴルフ界はどこまでも重層的で、そしてちゃっかり商魂もたくましい。

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執筆者プロフィール
舩越園子 ゴルフジャーナリスト、2019年4月より武蔵丘短期大学客員教授。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。最新刊に『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)がある。
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