「人工光合成」トヨタ系研究所が世界を一歩リード! その「夢の技術」とは?

執筆者:佐藤健太郎 2021年5月17日
タグ: 日本
エリア: アジア
人工的に植物の光合成をまねたシステムを作ろうというチャレンジには、どのような意味があるのだろうか?(Barbol / Shutterstock)
今年4月、豊田中央研究所が「人工光合成」に成功したニュースが話題に。なぜ「人工光合成」が注目されるのか。『炭素文明論』の著作もあるサイエンスライター佐藤健太郎氏が解説する。

 2021年4月、「豊田中央研究所が世界最高水準の人工光合成に成功」というニュースが大きく報じられた。SDGsCO₂削減といった言葉が世に溢れる中、この件は科学系のニュースとしては珍しいほどの反響があった。「人工光合成」は現代化学の最重要テーマの一つであり、アメリカでは1億ドルレベルの予算がつけられたプロジェクトが複数走っている。日本では、2010年にノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏も人工光合成のプロジェクトを立ち上げた他、東芝やパナソニックも力を入れている。なぜ、世界中が注目する「夢の技術」と呼ばれるのか。『炭素文明論』の著者が、その意義と今後の展望を、ごく基礎的なところから解説する。

「脱炭素」というキーワードで見失うもの

 近年、「脱炭素社会」という言葉が盛んに使われるようになった。ただし、有機化学(炭素を中心とした化学)の研究歴を持つ筆者のような者からすると、この言葉には大いなる違和感がある。炭素を抜きにしては、社会も文明も一切存在し得ないからだ。

 他のあらゆる元素とは異なり、炭素はお互いに長くつながり合って安定な分子を作ることができる。酸素や窒素が、3~4個もつながり合うと不安定になり、爆発分解してしまうのとは対照的だ。このため炭素は、極めて多彩な物質群を作り出すことができる。これまで発見され、作り出された物質の8割は、炭素を含んだ化合物だ。100以上もある他の全元素が束になってかかっても、炭素の作り出す物質世界の足元にも及ばないのだ。

 我々の体を構成するDNAやタンパク質、脂肪などや、木材、紙、プラスチック、アスファルトなどの重要材料も、みな炭素が骨格を成している。本当に「脱炭素」などしてしまった日には、文明社会どころか全生命が成り立たなくなってしまうのだ。

 そしてもう一つ、炭素には文明を支える重要な用途がある。言うまでもなく、エネルギー源としての活用だ。石油や石炭は、炭素と水素が複雑に結びついてできたものだ。炭素と炭素、炭素と水素の結合には、高い化学エネルギーが潜在している。これを高温で酸素と反応させてやると、エネルギーの低い炭素-酸素結合に組み変わり、両者のエネルギーの差分が外部に放出される。これが燃焼であり、我々はこのエネルギーで自動車を動かしたり、パンを焼いたり、電気を作ったりしている。また動植物は、糖分や脂肪などをゆっくり燃焼させることで生きるためのエネルギーを得ており、原理は同じことだ。

 炭素を酸素と結びつける反応を「酸化」、炭素から酸素を切り離し、炭素-炭素あるいは炭素-水素の結合に戻すことを「還元」と称する。

 現在の問題は、人類の活動によって生成した炭素の酸化物、すなわちCO₂が大気中に増え過ぎていることだ。かといって、火力発電や鉄鋼生産からのCO₂排出を、今すぐ半減させるような手立てはない。となれば、温室効果ガスであるCO₂を還元し、有用な資源となる還元型の炭素に戻してやる技術が必要だ。我々が目指すべきは脱炭素ではなく、地球全体を見渡した炭素の酸化・還元のマネジメントであるといえる。

 実は、CO₂を還元するだけなら簡単なことだ。例えばマグネシウムなどの還元力が高い金属を使えば、CO₂を還元して炭素化合物に組み込むこともできる。厄介者のCO₂を、有用な資源に変えられるわけだ。ではその金属をたくさん作り、火力発電所から出てくるCO₂を片端から反応させればよいではないか――と思うところだが、これは成立しない。マグネシウムを作るためにはエネルギーが必要であり、その過程でCO₂が排出される。その量は、吸収できるCO₂の量を上回ってしまうのだ。

 これは、エネルギー全般についてまわる問題だ。水素は燃やしてもCO₂を出さないクリーンなエネルギー源と言われるが、その製造過程で多くのCO₂が出るのでは何もならない。電気自動車も同じで、車そのものからCO₂が出なくとも、動力となる電気を火力発電所でまかなうのなら無意味だ。しかも、エネルギーの形を変換する際には必ずロスが出るから、全体としてはかえってCO₂排出量は増えてしまうことにもなる。

一石三鳥の光合成

 これを解決するには、CO₂の排出を伴わないエネルギーを使って、CO₂を還元するのがベストだ。大気中のCO₂濃度上昇を抑えつつ、化石燃料の消費を削減し、有用な資源を得るという一石三鳥が可能となる。この難事を実現しているのが、世界中の植物たちだ。彼らは無尽蔵の太陽光をエネルギー源にし、CO₂を還元して糖分に変換するという離れ業、すなわち光合成をやってのけている。何しろ、大気中にわずか0.04%しか存在しないCO₂を集めて反応させているのだから、その効率のよさがわかる。

 光合成が離れ業だというもう一つの理由は、太陽光エネルギーの密度の低さだ。地球に降り注ぐ太陽のエネルギーは、わずか1時間分で全世界の消費エネルギー1年分を賄えるほど膨大なものだ。しかしそのエネルギーは地球の表面に薄く広く降り注ぐため、かき集めることが難しい。太陽光発電のパネルが、あれほど広大な敷地を占有しながら、日本の消費電力の8%前後を稼ぎ出すに過ぎないのはこのためだ。

 しかし植物は、小さな葉に当たる僅かな光のみをエネルギー源とし、あの巨大な幹や根、花や実を作り出している。化学プラントに見られるような、高温も高圧も必要としない。この至難の業を実現させるため、植物は洗練の極みというべき光合成システムを作り上げた。

 光合成の中心になるのは、葉緑素と呼ばれる化合物だ。ここに当たった光の粒子(光子)が電子をはじき出し、ここから光合成の長い過程が始まる。最終的にCO₂を還元してブドウ糖に変換するまでには多数の電子が必要になるが、前述のように光子の密度は極めて低い。そこで、葉緑体内部には葉緑素分子が精密に配置されており、得られた貴重な電子を漏らさぬよう輸送して還元が行われる。その壮大な仕組みを見ると、1電子たりとも逃しはしないという、植物の執念のようなものさえ感じられるほどだ。

 この後の過程も複雑かつ緻密なものであり、いまだ解明されていない部分も多い。自然は数々の驚くべき仕組みを作り上げているが、光合成経路はその最高傑作の一つと言っていいだろう。しかも植物は、水とわずかな肥料だけで自己増殖し、膨大なCO₂を吸収して酸素を生んでくれる。人類がこれに匹敵するシステムを作り上げられるのはいつになるか、見当もつかないほどだ。

水素燃料生産にも有望な技術

 では人工的に植物の光合成をまねたシステムを作ろうというチャレンジには、どのような意味があるのだろうか?  一つには、植物が作れない化合物を作ることだ。植物が主に作る化合物は、ブドウ糖を連結させたセルロースやデンプンなどだ。しかしそれらの資源としての活用は十分とはいえない。特にセルロースの生産量は年間1000億トンにも及ぶが、木材や紙などとして使われる以外は活用されず、無駄に捨てられている。あまりに安定で溶解も精製も難しいため、他の化合物への転換が進んでいないのだ。

 また、デンプンを発酵させて得られるエタノールを燃料とする「バイオエタノール」は一時期注目を浴びたが、その後あまり生産量が伸びていない。作物の栽培・収穫・運送・発酵・蒸留などの過程でエネルギーを消費するため、よほど条件がよくないとトータルでCO₂削減につながらないためだ。また、食糧生産と競合することも大きな問題となる。

 しかし、太陽光エネルギーを生かして直接に燃料や工業原料が合成できるのなら、植物の光合成にはまねのできない大きなメリットとなる。このため、人工光合成はさまざまな角度から研究されてきた。植物のように葉緑素を利用するもの、人工的に改変したタンパク質を活用するもの、半導体と分子触媒を用いた完全に人工的な系など、アプローチは多岐にわたっている。また、CO₂の還元を目的とせず、太陽光で水を分解して酸素と水素を発生させる研究も、近年大きな進展を見せている。

 今回、豊田中研が発表した人工光合成系をごく簡単にいうと、太陽電池で発生した電流をCO₂水溶液に流し、発生した電子を利用してCO₂を還元することで、ギ酸と酸素を作り出すというものだ。ギ酸の分子式はHCOOHであり、CO₂に水素原子が2つ結びついた(還元された)ものに相当する。

 この原理が最初に発表された2011年には、太陽光変換効率(太陽光のエネルギーを有機物の生産に使える割合)はわずか0.04%に過ぎなかった。しかし今回、太陽電池パネルを大面積化(36cm四方)すると同時に、触媒となる分子の構造を工夫することにより、この効率は7.2%と飛躍的に高められている。これは、植物による光合成の効率(多くは1%以下)を大きく上回る。

 得られるギ酸は、一酸化炭素(CO)と水に分解することができる。一酸化炭素はメタノールや液体燃料に変換可能な、重要な工業原料だ。また、ギ酸はCO₂と水素(H₂)に分解することもできる。先ほど、この人工光合成系は水とCO₂をギ酸と酸素に変えると述べた。そのギ酸をCO₂と水素に変換するということは、CO₂を媒介として、水を水素と酸素に分解する系とも捉えられる。太陽光のみをエネルギー源とし、最もクリーンな燃料である水素を、扱いやすい形態のギ酸として作り出すわけだから、大いに有望な技術だ。

 この系はCO₂水溶液を用いるので、大気中のCO₂を除くのではなく、工場などから排出されるCO₂を回収資源化するシステムに向いていると見られる。触媒の長寿命化、レアメタル使用の回避、スケールアップなどまだ課題は多いが、同研究所では2030年の実用化を目指すとしている。

 人工光合成は、長らく化学分野における夢の技術とされてきたが、ついに社会実装が視野に入るところまでやってきた。CO₂削減・省資源に貢献しうる技術であり、日本が世界をリードしている分野でもある。アカデミア主導の基礎研究が主体となってきたが、今後は工学的な視点からの検討や、企業の参入が望まれる局面に入るだろう。今後の環境問題と産業の行方を左右しうる技術として、日本が今以上に注力すべき分野ではないかと考える。

カテゴリ: 医療・サイエンス
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執筆者プロフィール
佐藤健太郎 1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職等を経て、現在はサイエンスライター。2010年、『医薬品クライシス』で科学ジャーナリスト賞受賞。著書に『炭素文明論』『世界史を変えた新素材』など。
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