アフガン崩壊:「最も長い戦争」を強制リセットしたバイデンの「アメリカ・ファースト」

執筆者:中山俊宏 2021年8月21日
エリア: 中東 北米
バイデン政権が負うべき責任とは(C)AFP=時事
バイデン政権はアフガニスタンで何を誤ったのか。中山俊宏・慶應義塾大学教授は「撤退の是非そのものではなくて、あくまでそのタイミングと手法」とし、こう言う。「米軍がいれば戦い続けたであろう国軍の正当性を、撤退の決定によって奪い、自ら作り上げた軍隊を自らの手で融解させてしまったことだ」。そして、決定の背後に浮かび上がるバイデン政権「アメリカ・ファースト」の本質。

 

 アフガニスタンの首都カブールがタリバンの手に落ちた。どうにか安定した国家を建設しようとした国際社会による20年におよぶ取り組みが水泡に帰したと言っても大袈裟ではないだろう。いま、ある種の徒労感が国際社会を覆っている。アメリカがアフガニスタンに介入したのは、9.11テロ直後の2001年。アフガニスタンは「最も長い戦争(longest war)」と呼ばれるまでになっていた。

 この急展開のトリガーは米軍の撤退だった。アメリカは秩序だった撤退を目指していた。しかし、タリバンのブリッツ(電撃作戦)によって、事態は急変、カブール上空を飛び交う大型ヘリコプターCH-47チヌークを見て、サイゴンの陥落を思い浮かべなかった人はいないだろう。

「アフガニスタン自身の手に委ねる」という撤退のシナリオは、あっという間に「混乱」と「退散」の言説に取って代わられてしまった。

批判をかわすバイデン政権のロジック

 ジョー・バイデン政権は想定外の事態に慌て、予定されていたバイデン大統領本人の会見を前倒しで実施したものの、大統領は撤退という自らの決定の正しさをただひたすら繰り返すばかりで、説得力を欠いていた。問題は、撤退の是非そのものではなくて、あくまでそのタイミングと手法にあったからだ。

 バイデン政権は、ドナルド・トランプ前政権とは違い、「プロ集団」であることを自負していただけに、その慌てぶりが際立ってしまったことは否めない。

 まだ内戦が続いている状態で、スマートに引き上げる方法などなかっただろう。かつてアフガニスタン担当国連事務総長特別代表を務めたラフダール・ブラヒミは、正しい撤退の方法などなかったという点で、今回の撤退は最善の撤退であり、同時に最悪の撤退であったと述べている。その意味で混乱を伴う撤退になることは多くの人が想定していた。

 圧倒的な勝利の後の撤退でない限り、撤退は散らかったものになる。しかし、それでも今回の撤退は想定しうる限り最悪事態に近いものだった。唯一、救いと言えば、死傷者の数が少なかったことだ。しかし、これとてアフガニスタン国軍が抵抗せず、戦闘を放棄したからに過ぎない。ただ今後、事態がどう展開していくかは依然として不透明だ。

 バイデン政権としても、もし米軍が引き上げれば、アフガニスタン政府や国軍がもたない可能性は十分に承知していた。米軍撤退後のアフガニスタン情勢につき楽観的な展望を語る声はほぼなかった。ただし、事態がここまで急展開するとは想定していなかったはずだ。1年、もしくは半年でも、政府や国軍が持ち堪えてくれれば、アメリカとしてはどうにか乗り切れる、そういう判断があったはずだ。

 つまり、20年かけて、アメリカをはじめ、国際社会は、アフガニスタン政府、市民社会が独り立ちできるよう手助けし、30万人に及ぶ国軍も育成、最新の装備も提供してきた。それでも独り立ちできなければ、もはや、責任はアフガニスタン側にあり、その責任を全うすることを放棄したというロジックで、想定できる撤退に対する批判をかわすということだ。

 しかし、今回のタリバンによるアフガニスタンの制圧は、米軍の撤退が直接トリガーになっていたことは誰の目にも明らかであり、アフガニスタン側の責任をただひたすら強調する議論は責任逃れにしか見えなかった。

 アメリカはなぜタリバンのブリッツを予測できなかったのか。なぜ、30万に及ぶ国軍がメルトダウンしていくかのように消えていく可能性を察知できなかったのか。

 もちろん、ある政府がいつ転覆するかということをピンポイントで予測することなどほぼ不可能に近い。政府側が1年から1年半くらいは持ち堪えるという想定は、タリバーンによる制圧が近づくとともに、少しずつ短くなっていった。カブール陥落直前には、場合によっては、30日以内にカブールが陥落するかもしれないという情報が飛び交うようになっていた。

 しかし、現実にはそれから数日で最悪の事態が発生し、人々は十分な準備もできないまま、カブール空港になだれ込んでいった。

 なぜ、ここまで大きく読み違えてしまったのか。これは今後、詳細な分析がなされるであろう。

衝撃的だった国軍のメルトダウン

 とりわけ衝撃的だったのは国軍のメルトダウンだった。しかし、国軍の無能力や腐敗ぶりについては、「アフガニスタン・ペーパーズ」(ペンタゴンの内部文書)の例を挙げるまでもなく、散々伝えられていた。

 30万人いるとされた国軍も、相当数が「ゴースト・ソルジャー」(給料だけが支払われているかたちになっているが実在しない兵士)とされ、最終的な局面では5万人程度しか戦闘に従事していなかったという見方もある。しかも、国軍は米軍の支援のもとで戦うことを前提に訓練されており、それなしに機能するかについては疑問が呈されていた。

 国軍がその能力と数において、タリバンに優っていたことは事実として否定しようがなかった。しかし、「戦う意志」という点では、タリバンにはるかに及ばなかった。あくまで米軍に支えられることで軍としての体裁を保ってきた国軍は、後ろ盾となってきた米軍の撤退とまさに歩調を合わせるかのように「傀儡軍」としての実態が露わになり、メルトダウンしていった。タリバンは、なんのために戦っているのか分かっていた。しかし、国軍の兵士はあくまで雇用された兵士に過ぎなかった。

 米軍の撤退が決定すると、アフガニスタンにおけるアメリカのプレゼンスは常にアンビバレントなものだったが、それでもかなり広範に「(やっぱり)見捨てられた」という感覚が蔓延していったようだ。

  タリバンとしては、その「見捨てられた」という「弱み」につけ込んで、一気に攻勢に出たということだろう。アメリカの撤退によって状況が根本的に変わったという印象を、タリバンはブリッツを通じて決定づけた。国軍のメルトダウンぶりを見ると、まさに心理戦の次元でタリバンが圧倒的に優位に立っていたと言える。 傀儡軍であった国軍の脆弱性を見抜けなかったアメリカは、そのメルトダウンを確認するや、自らのために戦おうとしない国をアメリカが守る義務はないと居直った。これはこれで圧倒的に正しいロジックだ。

 しかし、問題はそこではなくて、米軍がいれば戦い続けたであろう国軍の正当性(この正当性自体、きわめて不安定な正当性ではあるが)を、撤退の決定によって奪い、自ら作り上げた軍隊を自らの手で融解させてしまったことだ。

 長期的にはこうならざるをえなかったというある種の運命論、もうこれ以上はどうにもならないという諦観、それが多くのアメリカ人に共有されている感覚であり、アフガン紛争自体がもう意識の中で周縁の方に追いやられているなか、今回の「カブール陥落」がどれほどアメリカ国内で長期的なインパクトを持ち続けるかは現時点では何とも言えない。

 共和党は果敢にバイデン大統領の最高司令官としての資質を攻撃してくるだろう。確かにもうすでにその批判は始まっている。しかし、その共和党にしても、「再介入」を訴える声はほぼない。

 現在のアメリカには撤退そのものについては広範な合意がある。そもそもタリバンを交渉可能な相手として認定し、撤退の道筋をつけたのがトランプ政権であったことを忘れてはならない。

国境を越えては広がらないバイデン大統領のコンパッション

 それにしても、今回の事態に対応するバイデン政権を見ていて、特に強く印象に残るのは、バイデン大統領の姿勢だ。

 バイデン大統領は、2020年の大統領選挙を戦ったときに、トランプ大統領とは異なり、自分は人の痛みがわかる(コンパッションのある)リーダーであることを強調していた。トランプ大統領はお世辞にも人の痛みがわかる大統領ではなかった。トランプ大統領の人種問題や移民問題への対応を見ても、そのコンパッションの広がりは極めて限られていた。むしろ、自分とは異なる人々への違和感に突き動かされていたと言っても過言ではない。しかし、バイデン候補のメッセージは、自分はそうではないということだった。

 このメッセージに説得力があったのは、バイデン大統領自身が、これまで色々なものを失ってきたからだ。若い頃、妻と娘を交通事故で失い、その事故を生き延びた長男のボーを、2015年には脳腫瘍で失っている。この喪失感ゆえのコンパッションがバイデンの強みだった。

 しかし、今回の事態を見ていると、そのコンパッションは国境を越えては広がっていかないという印象を禁じえなかった。

 国際社会が懸念しているのは、タリバン支配下で脅かされるであろう女性の権利、さらにアメリカや国際機関、そして外国報道機関をアシストしたアフガニスタンの人々が今後直面するであろう状況だ。外国勢力に協力した人々の背中には標的となる的が貼ってあるような状態だとも言える。しかし、バイデン大統領の対応を見て目立つのは、もちろん懸念は示しつつも、そうした問題への無関心ぶりだ。

実質的な「アメリカ・ファースト」

 バイデン大統領は、かつてバラク・オバマ政権でアフパック(アフガニスタンとパキスタン)担当特別代表のリチャード・ホルブルックと次のような言葉を交わしたことが伝えられている(George Packer, Our Man, Alfred A. Knopf, 2019)。

 バイデンは、ホルブルックにこう語ったという。アメリカはアフガニスタンに対して責任を負っていないし、そんなことは気にしなくていい。ニクソンとキッシンジャーはベトナムで同じことをやったが、特に責任追及されることもなかった、と。さらにバイデンは続けた。自分は(アフガニスタンの)女性の権利のために、アメリカの青年をアフガニスタンに派遣し、彼らの命を危険に晒すようなことはしない、それはうまく行くはずもないし、それは彼らの仕事ではない、と。

 ここには、現在のバイデン大統領の対応との一貫性を見ることができる。つまり、バイデン大統領のコンパッションは国境を越えた広がりを持たず、あくまでアメリカの大統領としてアメリカ人の境遇にフォーカスするという姿勢である。用いる言葉は異なるが、それは実質的には「アメリカ・ファースト」であり、普通のアメリカ人にとって対外関与がどういう意味を持つかという視点にあくまでこだわる「ミドルクラス外交」だ。

 バイデン政権にとって、アフガニスタンからの撤退はまさに「ミドルクラス外交」の実践だ。多くのアメリカ人にとって、アフガニスタンは「忘れられた戦争」である。かつては、イラク戦争との対比で「必要な戦争」であり、「正しい戦争」だと呼ばれたこともあった。しかし、それも2011年のビン・ラディン殺害で大きく変わった。その後は、ミッションを絞り込めないまま、アメリカはアフガニスタンへの介入を続けた。

 それを強制的にでも終わらせるとの強い信念を持って大統領になったのがバイデンだった。確かに、その撤退のオペレーションは混乱に満ち、タリバンのブリッツの引き金にはなったが、そうした中でも、ぶれないのは、アメリカ外交の強制的リセットをバイデン大統領が思い描いているからだ。

 独り立ちできるかどうかの瀬戸際の国家をアメリカがあっさり見捨てるというのは、ショッキングな話だ。アメリカの自己イメージと合致しない部分もあるだろう。

 しかし、いまのアメリカにはもうそれを続ける体力も忍耐力もない。このまま混乱が続き、アフガニスタンが泥沼の内戦に陥れば話は別だが、もし仮に非戦闘員の撤退(NEO)がそれなりにうまく進めば、アメリカ人は驚くほど早くアフガニスタンという国の存在自体を意識の隅に追いやることになるかもしれない。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
中山俊宏(なかやまとしひろ) 1967年生れ。慶應義塾大学総合政策学部教授、日本国際問題研究所上席客員研究員。専門はアメリカ政治・外交、国際政治。日本政府国連代表部専門調査員、津田塾大学国際関係学科准教授、青山学院大学国際政治学科教授を経て、2014年より現職。著書に『アメリカン・イデオロギー――保守主義運動と政治的分断』(勁草書房、2013年)、『介入するアメリカ――理念国家の世界観』(勁草書房、2013年)、共著に『アメリカ現代政治の構図』(東京大学出版会)、『アメリカのグローバル戦略とイスラーム世界』(明石書店)などがある。
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