オペレーションF[フォース] (4)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第4回

執筆者:真山仁 2023年3月18日
タグ: 日本
エリア: その他
(C) 時事(写真はイメージです)
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

自国の平和は自国で――秘密裡にもたらされた米国からの一方的な通告。自主防衛を迫られた防衛省は、課長補佐の磯部に「Xミッション検討会議」立ち上げを命じる。

 

Episode1 防人の覚悟

 

2(承前)

 人選も磯部に一任され、総勢八人の入省15年目以上の中堅幹部が集められた。

 大臣官房から二人、予算策定を担当する防衛計画課の課長補佐、自衛隊を統括する統合幕僚監部、陸海空幕僚監部から二佐クラスを各1名ずつ。そして、防衛装備庁装備政策部の課長という顔ぶれだった。

 市ヶ谷の厚生棟の一室に集い、毎週土曜日の午後から深夜まで、それぞれの立場から問題点を挙げ、日本の自主防衛について熱い議論を交した。

 四月に入り、「自主防衛の定義策定と具体的な補強点」のフェイズに進んだ。

「そもそも、自国を守る覚悟を持たない自衛官など存在しない。だが、改めて自国を守るという哲学を共有するのは大変有意義だと思う。

 その場合、アメリからの通告がどうあろうと、日米安全保障条約に則った防衛なのか、あるいは、米軍は存在しないとして国防を考えるべきなのか。それによって覚悟は変わる」

 会議が始まるなり、統合幕僚監部から出席している井端敏介[いばたとしゆき]二佐が発言した。

 磯部と同じ39歳の井端だが、上層部からの期待を一身に集めている出世頭だ。

「ここではもはやアメリカは存在しないという前提で考えたいと思います」

 議論が散漫にならぬよう、磯部は明言した。

「なるほど……。だとすれば、我々は根本的な発想の転換が必要になる。それは、防衛費の増額などという単純な話ではないですね。自衛隊のあり方自体を根幹から見直す必要がある。それに現状の防衛力では、アメリカの言うような自力防衛など到底無理です」

「それはそうと、日本の仮想敵は、本当に中国なんでしょうか」

 発言したのは、制服組のメンバー中唯一の女性である海上幕僚監部の樋口梓[ひぐちあずさ]二佐だった。防衛大学を首席で卒業し、ミサイル艇の艇長を務めた後、海幕入りしているエリート幹部だ。

 容姿端麗の女性幹部とあって、メディアにもよく取り上げられるが、見た目の華やかさからは考えられないほど、戦略術では「策士」と言われている。

「XM」会議でも、井端vs樋口が恒例行事となっていて、毎回白熱の論戦が繰り広げられる。

「質問の意図が見えない」

「自主防衛の戦略を立てる上で、仮想敵の設定は必須ではありませんか。メディアなどは、中国が仮想敵だとしがちですが、果たしてそれで充分でしょうか。ロシアのウクライナ侵攻以来、北海道民などは本気で、ロシアが海を越えて攻めてくると怯えています。また、実際に我が国に攻撃を仕掛けているのは北朝鮮です。なのに、中国だけを仮想敵国というのは、私には不可解なのです」

 日本の防衛を最も広範囲に行っているのが、海上自衛隊だ。領海のみならず、排他的経済水域[EEZ]、さらには公海上まで出張って、日本の安全を守っている。

 彼らからすれば一触即発の事態が起きやすいのは対中国船籍だが、現実に脅威を与えてくるのは別の国である。

「アメリカが、中国を仮想敵だと考えた戦略を立てているんだ。同盟国である我が国も当然、それに倣うだろう」

「突然、今後、おまえの国は守らないと突き放した国に、忠義を尽くすんですか」

「だが、現在の環太平洋での最大の軍事案件は、台湾有事なのだから、我々の仮想敵国は中国だ」

「中国を敵だと決めたのは、アメリカでしょう? 日本と中国に『不和』があるんでしょうか。アメリカが我が国に、勝手にやれというのであれば、日本と中国が手を組むという選択肢があるのではないでしょうか」

 戦争は、突然起きるものではない。両国間の関係が緊張し、外交努力では解決されない「不和」の状態に至り、やがて軍事的な衝突の可能性を高め、最終的に戦争に至ると、考えられている。

「日中間の『不和』より重要なのは、中国が、日本をアメリカの同盟国と見なしている点だ。したがって、我が国が中国を仮想敵にするのは、当然だ」

「お言葉を返すようですが、中国の敵は、アメリカ一国。日本なんて眼中にないでしょう」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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