
【前回まで】周防は財務省主計局に、防衛係筆頭主査として復帰した。同じく防衛係主査で防大出身の本岡は、在日米軍はもう日本を守らないから、「反撃能力」が必要だと主張する。
Episode2 傘屋の小僧(承前)
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正直なところ、周防は安全保障について、さほど深く考えたことはなかった。
自国を独自で守るのは、当然だとは考えているが、戦争ができるだけの体制を保持することには、懐疑的だった。
「日本が攻撃されるなんてことが本当に起きるんだろうか」
「このところ、北朝鮮によるミサイル発射が頻発していますよね。あれを周防さんは、攻撃と思わないんですか」
「そもそも北朝鮮は、日本と戦争をする気はないだろ?」
「通常は、日本に向けてミサイルを発射すれば、それは日本と戦争も辞さないという意味に取りますよ。日本国民は、深刻な事態を考えたくないから、勝手に都合の良い解釈をしているだけに過ぎません」
相当デリケートな話をしているのに、本岡の発言には、迷いがない。元々、そういうタイプではあったが、さすがに極論が過ぎる。
「『反撃能力』を有する根拠は、『台湾有事』なんだろ。でも、本岡は北朝鮮の話をしている。敵は、どっちなんだ?」
「防衛省は、公式には『仮想敵国は想定していない』という姿勢を明確にしていますが、防大では、露華鮮の三カ国は、仮想敵国だと断定していました。今回の防衛省との折衝では、仮想敵国の想定は重要です。官邸を含め、『台湾有事』対策のための防衛費倍増と言っているため、防衛省の一部で『仮想敵国は中国』とした方が、予算獲得がたやすいと考えられています」
世間でも、日本の防衛費の増加はやむを得ないというムードがある。最大の原因はロシアによるウクライナ侵攻報道のショックだ。「日本もウクライナのような目に遭うのではないか」と本気で懸念している国民は意外と多い。
また、「今こそ防衛費倍増!」と叫んでいた梶野元総理の急死で、保守派が「元総理の遺志を守れ!」と気炎を上げ、従来日本が死守してきた「防衛費は、日本のGDPの1%未満」という不文律が破られるのは当然と言わんばかりだ。
「実は、今朝、防衛省の防衛計画課の課長から、『防衛力整備計画』の概算要求が前回比300%に迫る勢いだという情報が来ました」
そこで、急遽課長が来省するという。……

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