イタリア右派連合の立役者ベルルスコーニの不在がもたらすもの

執筆者:八十田博人 2023年8月31日
タグ: イタリア
エリア: ヨーロッパ
ベルルスコーニなき後の「フォルツァ・イタリア」が、メローニ首相(右)率いる「同胞」とサルヴィーニ氏率いる「同盟」によって草刈り場になるのではないかという観測は多い(C)EPA=時事
4次にわたってイタリア首相を務め、中道右派の中心人物として政界を牽引したベルルスコーニ氏が6月に86歳で亡くなった。数々の失言やスキャンダルで世間を騒がせ、政策には矛盾を抱えていたが、極右政党を中心とする現在のメローニ連立政権の原型を作ったことは大きな功績だ。ベルルスコーニ亡きあとのイタリア政治の行方は――。

 

 6月12日、元イタリア首相のシルヴィオ・ベルルスコーニが死去した。86歳だった。

 この30年間、イタリア政治を語るときに彼の名前が出なかったことはない。1992年の「タンジェントポリ」大汚職事件発覚後、政党のほとんどが再編された「第2共和制」のもとで新党「フォルツァ・イタリア」を立ち上げ、中道右派の中心人物となったベルルスコーニは、4次(第1次:1994年5月~95年1月、第2次:2001年6月~ 05年4月、第3次:05年4月~06年5月、第4次:08年5月~11年11月)にわたって首相を務めた。首相在任日数は合計3339日と、戦後の共和制で最長である。G7(ロシアが参加していた期間はG8)サミットには計9回参加し、うち3回は議長を務めている。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
八十田博人(やそだひろひと) 共立女子大学国際学部教授。専門はイタリア政治・外交、欧州統合史・統合論。1965年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程満期退学。イタリア政府奨学生としてフィレンツェ大学政治学部に留学。日本学術振興会特別研究員、大阪大学大学院国際公共政策研究科特任研究員を経て、2008年共立女子大学国際学部に着任、16年より現職。著書に『世界変動と脱EU/超EU: ポスト・コロナ、米中覇権競争下の国際関係』(共著)、『よくわかるEU政治』(共編著)、『戦後民主主義の青写真』(共著)など。
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