独ショルツ政権「時代の転換点」の捉えにくさはどこから来るのか(上)――首相に反映されない国防大臣の人気

執筆者:岩間陽子 2023年9月13日
エリア: ヨーロッパ
政権不人気の最大の理由であるインフレは、ドイツ人にとって一種の国民的トラウマだ[連邦議会で行われた予算案の一般討論会に出席したショルツ首相=2023年9月6日、ドイツ・ベルリン]
2022年2月27日、ロシアによるウクライナ侵攻を受けてショルツ首相が行った「時代の転換点」演説は、対ソ関係構築を重視した冷戦期以来のドイツ外交と決別し、安全保障政策の大転換に向かうという宣言だった。だが、その後もロシアとパートナーシップ関係にある中国にはエンゲージメントを志向し、新たに発表された『国家安全保障戦略』と『中国戦略』にも特に軍事的ビジョンは希薄と言える。この理由を捉えるには、ショルツ政権において「環境」「気候変動」が持つ意味を正確に理解する必要がある。(本稿後編はこちらからお読みになれます)

 ロシアによるウクライナ侵攻以来、約1年半が経過し、独ショルツ政権が発足して、1年9カ月が過ぎた。しかし、政権の人気は長期低迷から抜け出せないでいる。直近の2023年9月の世論調査(Forsa)で、今度の日曜日に連邦議会選挙があったなら、どの政党に投票するかという問いに対して、政権与党の社会民主党(SPD)は16%、緑の党は14%、自由民主党(FDP)は7%であった。最大野党のキリスト教民主同盟/社会同盟(CDU/CSU)の27%はおろか、極右政党と目されるドイツのための選択肢(AfD)21%にも及ばない結果となっている。

出典:Statista提供のForsa調査データより編集部作成(9月5日現在)

 政府への満足度を問う質問に対しても、あまり満足していない(44%)、まったく満足していない(35%)を合わせると、実に79%の国民が政府の仕事に不満を持っているという状況である。

出典:Statista提供データより編集部作成(9月1日現在)

高評価を得られずにいるショルツ首相の「時代の転換点」

 政権不人気の最大の理由はインフレ、特にエネルギー価格高騰が生活を直撃しているにも拘らず、政府の対策が的外れだという印象を与えていることだろう。この春ですべてのドイツ国内の原発は稼働を停止し、政府は暖房器具の省エネ転換を急がせる暖房法案の議会通過を急いでいる。2023年春の調査では、ドイツ人が重要だと考えている問題に、移民(36%)、環境と気候変動(28%)、価格上昇/インフレ/生活費高騰(27%)、国際情勢(26%)となっており、昨年夏に価格・インフレ懸念が40%であったのに比べると、ややインフレ不安は沈静化した形となっているが、それでも政府の政策がちぐはぐであるという印象は拭えない。最近やっと児童政策で三党合意が成立したが、すべての政策過程で財政規律を重んじるFDPと支出拡大を望むSPD、緑の党との不一致が目立ち、政策決定に時間がかかっており、リーダーシップの弱さととられる状況になっている。

 超低空飛行のショルツ政府で、ただ一人気を吐いているのがボリス・ピストリウス国防大臣である。どのような世論調査を見ても、人気があるのは彼一人であり、あとは与野党どの政治家もほとんどポジティブな評価を得ていない。前任のクリスティーネ・ランブレヒト国防相が散々な評価だった後、レオパルト戦車を供与するか否かという騒動の最中に就任し、何とかドイツを中心とする「戦車連合」をまとめ上げ、今も国防省の官僚主義と闘い続けているというイメージを維持することに成功している。彼が登場するまでのドイツのウクライナ支援は、「少なすぎ、遅すぎ(too little, too late)」を地で行っていたので、その後何とかスピードアップしてきて、今では支援額ではイギリスを上回ってヨーロッパ最大のウクライナ支援国としての評価を定着させた立役者と言っていいだろう。

 しかし、何故この評価が、オラフ・ショルツ首相の評価に反映されていないのだろうか。そもそもドイツ安全保障政策の大転換、「時代の転換点(ツァイテンヴェンデ/Zeitenwende)」を提唱したのはショルツ首相ではなかったのか。……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
岩間陽子(いわまようこ) 政策研究大学院大学教授。京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程修了。京都大学博士。京都大学助手、在ドイツ日本大使館専門調査員などを経て、2000年から政策研究大学院大学助教授。同大学准教授を経て、2009年より教授。専門はドイツを中心としたヨーロッパの政治外交史、安全保障、国際政治学。著書に『核の一九六八年体制と西ドイツ:』、『ドイツ再軍備』、『ヨーロッパ国際関係史』(共著)、『冷戦後のNATO』(共著)、『核共有の現実―NATOの経験と日本』、Joining the Non-Proliferation Treaty: Deterrence, Non-Proliferation and the American Alliance, (John Baylisと共編著、2018)などがある。安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会、法制審議会、内閣府国際政治経済懇談会など、多くの政府委員会等のメンバーも務める他、(財)平和・安全保障研究所研究委員、日経Think!エキスパート、毎日新聞書評欄「今週の本棚」・毎日新聞政治プレミア執筆者も務める。
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