大谷翔平は「フロントの頭脳」が生きる球団を選んで欲しい! レンジャーズ「年間100敗」から2年で世界一の理由とは

執筆者:大冨真一郎 2023年11月5日
タグ: マネジメント
エリア: 北米
来季の大谷は打者に専念するが、それでも年俸は大幅に跳ね上がる。経営陣が優勝に向けたプランを持たないエンジェルスを離れ、他の球団を選ぶだろう(C)Conor P. Fitzgerald/Shutterstock
WBC(ワールドベースボールクラシック)の決勝戦で死闘を演じた日本代表の大谷翔平と米国代表のマイク・トラウト。世界最高の選手2人を抱えながら、LAエンゼルスは今季もプレーオフに進出できなかった。今オフにFA権を得て移籍が見込まれる大谷は、果たしてどのチームを選ぶのか。本当に頂点を目指すならば、重視すべきは「勝てる組織」を編成できるフロントの頭脳と経営陣のビジョンだ。

 メジャーリーグでは現地11月1日にワールドシリーズの決着がついた。球団として初優勝を果たしたレンジャーズはアメリカン・リーグの第5シード。対戦相手となったダイヤモンドバックスはナショナル・リーグの第6シードという下馬評の低かった2球団の対戦。レンジャーズは2年前に102敗。ダイヤモンドバックスは2年前には110敗を喫した球団で、2シーズン前に100敗以上した球団同士がワールドシリーズで対決したのは史上初のことだった。

 新鮮な顔合わせとなったワールドシリーズだったが、日本のファンの多くは大谷翔平をこの大舞台で見たかったという気持ちを捨てきれないでいることだろう。今シーズン、リーグMVPの受賞がほぼ確実とされる大谷だが、所属するエンゼルスは借金16、首位から17ゲーム差の地区4位と今年も残念な結果に終わった。2年前、大谷が1度目のMVPに輝いた時に口にした「ヒリヒリするような9月を過ごしたい」という願いはかなわないまま、大谷は今オフFAを迎える。大谷が渡米して6年間。エンゼルスはメジャーを代表する2人のスーパースター、大谷とマイク・トラウト外野手を擁しながら一度もポストシーズンに進出できなかったのだ。

 2年前に100敗した球団がワールドシリーズへ進むのに、なぜエンゼルスはプレーオフにすら進めないのか。今季のエンゼルスはけが人も多く運が悪かった面もあるが、それ以上に、エンゼルスという球団が優勝に向けた長期的なプランを持っていない、という点を強く指摘したい。

年俸総額ワースト2位でも地区優勝したチーム

 2003年のベストセラー『マネー・ボール』で描かれたように、メジャーリーグではフロントの頭脳も球団の命運を左右する重要なファクターとなる。そしてフロントが知恵を絞る課題の一つが「球団が選手を保有できる期間」の問題だ。

 大枠で説明すると、メジャーリーグの選手はメジャー在籍期間が3年を超えると年俸調停の権利を得る。年俸調停ではリーグ全体で同程度の活躍をしている選手を基準にした金額が認められるため、一気に年俸が上昇する選手も出てくる。在籍6年に達するとFA権を取得し、文字通り自由に契約先を探すことができる。これを裏返すと球団は昇格して3年目までの選手なら最低年俸に近い金額で雇うことができ、その先6年目まではチームの財政状況にかかわらず実力に見合った金額を払う必要がある。そしてFA選手との契約は大物であればあるほど過去の相場を上回る金額を出す必要がある。FAで獲得する大物選手は予算的な視点からいえば費用対効果が高くなることはまず難しい。となると、いかに「昇格3年目までの選手」+「割安に契約可能な選手」で戦力を整えるかが、予算内で良いチームを作るカギとなる。低予算でポストシーズンに進出する戦力が揃えば、そこからFA選手を補強して優勝を狙うという次のステップに進むこともできるのだ。

 フロントの長期計画の成功例として分かりやすいのは藤浪晋太郎が所属するオリオールズだ。2018年11月にGMに就任したマイク・イライアスは翌年のドラフトで、現在主力になっているアドリー・ラッチマン捕手やガンナー・ヘンダーソン遊撃手らを指名。さらに、ローテーション投手をトレードに出して当時エンゼルス傘下のマイナーリーガーだったカイル・ブラディッシュ投手を獲得するなど、メジャー未経験の若手を集めた。将来に向けて有望な若手を収集することに重きを置いた結果、オリオールズは2019年、2021年と100敗以上を喫するどん底を味わった。ラッチマンが昇格して上昇機運が盛り上がりポストシーズンのチャンスがあった昨季ですら、8月に抑え投手をトレードに出して若手を集めた。そして今季、ヘンダーソンを筆頭に次々と有望な若手が昇格してチームは一気に地区優勝を果たしたのだ。

 大事なのは、この101勝をあげた戦力が30球団中29位の年俸総額6100万ドル(約91億5000万円、1ドル=150円で計算、以下同)弱でまかなわれているという点だ。主力選手の多くは年俸調停の権利を得ておらず、FAまで時間を要する選手が大半なので、過度な出費を伴わずに現在の戦力を数年間は維持できる。しかも、オリオールズは決して貧乏な球団ではない。イライアス就任前の2017年には年俸総額1億6400万ドル(246億円)余りを負担しており、当時の水準に戻すと考えただけでもビッグネームのFA選手を3人は獲得可能だ。こうして優勝に向けた最後のピースを揃えてワールドチャンピオンを狙うのが定石である。

口を出すのにカネは出し渋るオーナー

 翻ってエンゼルスはどうか。まず2011年にトラウトがデビューして以来、主力になるような若手を育てられていない。にもかかわらず定期的に(無計画に)大物選手と大型契約を結んできた。常にそれなりの戦力を維持しているため悪くても90敗程度で踏ん張るが、その結果としてドラフトでトップ5指名権を得ることもなかった。漫然と優勝を狙い続けた結果、常に中途半端な位置にい続けたのがこの10年間のエンゼルスだったのだ。

 その悪いところが凝縮されたのがこの夏の動きだった。8月以降のスケジュールが厳しいことは分かっていたのに、ポストシーズン進出へ当落線上の立ち位置から勝負を決断。将来を支えるはずの若手選手を手放して戦力補強をしたが連敗を重ね、大谷も故障。結局1カ月も経ずしてトレードで獲得した選手を手放すことになった。勝つ準備ができていないのに勝負に出て、目先の勝利も将来の勝利も失ったのだ。

 今季開幕時点の年俸総額は30球団中6位の2億1200万ドル(318億円)余り。チーム最高年俸のアンソニー・レンドーン三塁手は相次ぐ故障でこの3年間ほとんど仕事をしていないが、2026年まで同額の年俸を払うことが確定している。ここ数年故障が増えてきた32歳のトラウトも2030年まで高額の長期契約を結んでいて、2026年までは2人合わせて毎年約7500万ドル(112億5000万円)を払うことが決まっている。こうした契約も足かせになっているため、少なくともこの先3年間はエンゼルスが快進撃をする可能性は低いと考えられる。

 ただ、これを現GMのペリー・ミナシアンだけの責任とするのは可哀そうだ。むしろ原因は、我が強い割にケチな面がある球団オーナーのアート・モレノにある。選手獲得に口を出すが、戦力を整えるために我慢の期間を作るのも嫌。かといってヤンキース(約2億7700万ドル=約415億5000万円)やメッツ(約3億3000万ドル=約495億円)のような莫大な年俸総額まで予算を増やすこともしない。これでは強い球団を作るのは難しいし、能力の高いフロント人材は集まらない。

常勝ドジャースを築いた元ウォール街の投資アナリスト

 前出イライアスは2010年代にアストロズをどん底から黄金時代に導いたジェフ・ルーナウ元GMの片腕で、ルーナウが用いた手法をオリオールズで再現してみせた。イライアス自身、イェール大卒という頭脳の持ち主であることに加え、その相棒として元NASA(米航空宇宙局)のエンジニアが10年以上付き添っている。ワールドシリーズを戦ったレンジャーズのクリス・ヤングGMとダイヤモンドバックスのマイク・ヘイゼンGMは共にプリンストン大の出身という高学歴で、過去11シーズンで10度の地区優勝と圧倒的な結果を残しているドジャースの編成トップ、アンドリュー・フリードマン(2014年10月就任)は元ウォール街の投資銀行アナリストから野球界に転身した経歴を持っている。

 フリードマンは2005年に28歳の若さでレイズ(当時の名称はデビルレイズ)のGMに就任すると、球界のお荷物といわれた球団を立て直して「低予算でも勝てる」組織を作り上げた。その実績を買われてドジャースに引き抜かれ、現在の年俸は非公式ながら1000万ドル(15億円)ともいわれている。強いチームには一流の頭脳を持つ優れたフロントが欠かせない。

 ワールドシリーズ終了翌日に正式にFAとなった大谷は、球団からのクオリファイングオファー(球団がFAとなる選手に対して遺留の意思があることを表明する契約提示)を拒否して改めて来季の所属先を模索することになるだろう。WBCで見せてくれた熱い戦いを望むならば、ぜひ優れたフロントとオーナーが良好な関係を保っている球団を選択してほしい。球団としていかに優勝を狙える戦力を組み立てて、その1ピースとして大谷の才能を生かせるか。そのビジョンが明確な球団と契約することができたなら、世界の頂点で雄叫びを上げる大谷をもう一度見ることができるのかもしれない。

 

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執筆者プロフィール
大冨真一郎(おおとみしんいちろう) メジャーリーグ解説者。1976年生まれ。IT企業勤務を経て2002年に渡米し2005年までシアトル等でMLBを取材。帰国後も専門誌に寄稿を続け『スカパー!MLBライブ」「DAZN」「ABEMA」「SPOTV NOW」等で解説者を務める。
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