米空母打撃群中東展開に見る「抑止のための軍事活動」のジレンマ(下)

執筆者:小木洋人 2023年11月21日
エリア: 中東

地中海に所在する空母の艦載機がイラン本土への打撃態勢をとるのは、その行動半径を踏まえると無理がある[空母USSジェラルド・R・フォードの飛行甲板にタキシングするF/A-18スーパーホーネット=2023年11月6日、地中海](C)United States Navy / Petty Officer 2nd Class Jennifer Newsome

「抑止のための軍事活動」は、本来的に「伝達したくない真意が伝達されやすい」という厄介な性質を持っている。その要諦が「エスカレートする意思をあえて示すことにより相手を後退させる」ことにある一方、武力衝突にエスカレートするリスクは誰もが避けたいものだからだ。米軍と同様、日本も2022年に策定された国家防衛戦略でFDO(flexible deterrent options=柔軟に選択される抑止措置)を抑止の手段に位置付けている。いま米軍が抱えているジレンマから日本は何を学ぶべきか。

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イスラエルへの安心供与の課題:明確なシグナリングが招く対イスラエル抑止力の低下

 他方で、今般の空母打撃群の展開は、間接的にイスラエルに対して向けられたものであるとの指摘もある。イスラエルに対して安心供与を行うことで、同国がイラン側勢力に対する攻勢を仕掛け、米国がイスラエルとイランの間のより深刻な地域紛争に巻き込まれることを抑止するというものである。東地中海に展開するフォード空母打撃群は、地域に展開する防空アセットと航空戦力とを併せて、イスラエルに対するエアカバーを提供するとともに、必要に応じて敵の攻撃拠点を打撃する基盤を提供することに寄与する。そうした能力を目に見える形で示すことで、イスラエルがイラン側に対する単独行動に走らないようにすることも期待されているかもしれない。

 このように考えれば、米国がより対応コストの高い紛争への「巻き込まれ」を避けるために、プレゼンスの明確な軍事力の派遣によるコストは負担せざるを得ないと判断したとしても、一定の合理性がある。しかし同時に、米国の軍事プレゼンスによってイスラエルは抑制され、暴走しないだろうとイラン側に見積もられれば、「何をするか分からない」イスラエルのイメージが緩和・上書きされ、抑止力の低下につながりかねないことを懸念する指摘もなされている。また、米国の部隊展開の重心が当座のイスラエル支援と行動の抑制にあると捉えられれば、イランに対するエスカレーションを厭わない決意の信憑性も低下する可能性がある。味方への安心供与の意図が明確な軍事活動は、敵への抑止力を低下させるおそれがあるというもう一つのジレンマである。

 USSアイゼンハワー空母打撃群の米中央軍担任区域への移動は、このような安心供与と抑止を巡る微妙なバランスに後押しされた展開かもしれない。イスラエルへの安心供与とイランに対する抑止という2つの役割を1個空母打撃群に担わせるのは、軍事的観点からは難しいと思われるからだ。イスラエルにエアカバーを提供する構えを見せるためにフォード空母打撃群は地中海に所在することが効果的だが、その艦載機にイラン本土への打撃態勢をとらせるのは、その行動半径を踏まえると無理がある。

 この点さらに、イランに対する効果的抑止の観点からは、空母打撃群をイラン革命防衛隊の対艦ミサイルの射程外で、かつ空母艦載機がイランに到達可能なインド洋上に待機させるのが適切とも指摘されている。トマホーク巡航ミサイルを大量搭載することが可能で、対地攻撃能力に優れる改オハイオ級巡航ミサイル原潜7が空母打撃群に随伴し、紅海を抜けて中央軍の責任区域に進出したことを明らかにしたのも、対イラン打撃能力を強調する意図によるものである。ただし、イランへの脅しに寄った軍事展開は、イスラエルの行動の先鋭化を促しかねないというモラル・ハザードの問題も内在していることに留意が必要だ。

今後の展開と考慮すべきポイント

 これらの米軍の部隊展開は、事態が長期化すればするほど、米国の防衛資源の分散につながる。地中海とインド洋・アラビア湾にずっと浮いていることができない以上、空母打撃群はいずれかのタイミングで、少なくとも1個群は退くことになるだろう(米中央軍担任区域に1個空母打撃群が前方展開することはあるが、イランとの緊張の高まりを受けて2020年に中央軍(ケネス・マッケンジー司令官=当時。2022年退役)の要求に応じて空母2隻態勢とした際は、空母の世界的ローテーションへの悪影響や中露対応への資源集中の観点から批判が起きている)。

 考えられる出口のタイミングは、米国によるイスラエルへの軍事援助が十分な水準に達し、イスラエル自らによる防空能力と継戦能力の強化が図られたと判断されるタイミングであろう。あるいは、防空システムや戦闘機部隊の追加配備・戦力化を進めた後に、空母打撃群から地上を拠点とする米軍部隊へ任務を引継ぐストーリーも考えられる。

 あるいは、シーア派武装勢力による攻撃が今より強まった場合、空母部隊を退かせるタイミングが失われる可能性もある。イランにとって、自らに直接の被害が及ばない限り、シーア派武装勢力を積極的に奨励するか、消極的に放任するかにかかわらず、武装勢力への支援を通じて米国の資源を消費させることの費用対効果は決して悪いものではない。また、そのような状態を維持するために積極的に行動するかは別としても、中国やロシアの利益にも適うだろう。

 以上の可能性を念頭に置いた上で、抑止のための軍事活動を企図するに当たって、米軍はどのような点に留意すれば良いだろうか。

 まず、事態の性質や抑止すべき相手方に応じて、展開する部隊を調整しながら誂える試みが必要である。定型化された部隊展開は予測可能性を生み、抑止の信憑性を低下させるおそれがある。また、空母打撃群のような圧倒的な軍事力は、米軍への低強度攻撃を支援ないしは容認するイランのような相手に直接使用する決意を示すには、能力と決意の間にギャップがある。軍事能力に見合った意図を有していないと甘く見られれば、軍事能力に見合った脅威を十分に与えることはできない。

 したがって、抑止効果を上げるためには、第一に、逆説的ではあるが、決意との均衡性のある軍事能力を展開・維持していくことを検討すべきだろう。例えば、高い非脆弱性と打撃能力を有する改オハイオ級巡航ミサイル原潜と、(地上を拠点とする)情報収集・打撃のための無人機部隊や戦闘機部隊とを組み合わせて運用することが考えられる。今般の事例に限っては、急激にアセットを減らすことは現実的ではないため、無理のないローテーションに戻すため、当面1個空母打撃群までは維持するのが賢明かもしれない。いずれにしても、展開したからにはそれを頻繁に誇示し、実際に打撃に用いることが必要だろう。能力が使われることの信憑性を向上させなければならない。

 第二に、あるいは逆に、展開する圧倒的な軍事力に見合ったシグナルを強めることも考えられる。部隊展開の意図を対外的に発信する際、エスカレーション防止を強調し過ぎたメッセージはプラスに働かない可能性も留意すべきである。「するな(Don’t)」だけでは脅威は伝わらない。対象を絞った(targeted)対応を強調するのも賢明ではない。米軍の行動のある種の予測不可能性を印象付けるナラティブが必要かもしれない。

 第三に、抑止と安心供与という二重の目的を持ったメッセージを、対外的に発信する必要は必ずしもない。上記で提起した安心供与と抑止のジレンマは、非言語的な軍事活動のみならず、対外発信を伴うからこそ先鋭化し得る問題である。イスラエルに対する抑制や安心供与を、イランに甘く見られることなく伝える、また、イランに対する強いシグナルを、イスラエルを先鋭化させることなく伝えるためには、それぞれの二国間に限定されたコミュニケーションが不可欠である(脅威を伝えるのには、対外発信よりも二国間の内密なシグナリングの方が有効であるとの研究も提起されている8)。

 第四に、中東情勢が米国のグローバルな抑止力、特に、対中、対露抑止力に影響を与え得ることは論を俟たないが、米国の軍事力を中東に過剰に振り向けることは、対イラン抑止力それ自体を低下させるおそれがある。「無理をしている」「持続可能性がない」と思われたら脅威の信憑性は向上しないのである。したがって、中東での展開は2022NDSで低下させた優先順位に見合うレベルにとどめた方が、逆説的だが持続可能であり、侮れないと捉えられる可能性がある。その観点からも、適当なタイミングで1個空母打撃群は退かせる方が良いだろう。

日本にとっての示唆

 これらの展開が日本の安全保障に与える示唆はどのようなものだろうか。

 まず改めて想起されるのは、FDOの実施が抑止効果をもたらすことを所与の前提とはできないことだ。2022年に策定された国家防衛戦略は、FDOを抑止の手段として位置付けており、「力による一方的な現状変更やその試みを抑止するとの意思と能力を示し続け、相手の行動に影響を与える」としている。またそのために、「平素からの日米共同による取組として、共同FDOや共同ISR等をさらに拡大・深化させる」ことも提起している。しかし、これらは海上・航空アセットの展開や演習によって自動的に達成されるものではない。

 抑止のための軍事活動が効果を生むには、抑止対象や事態の性質に応じたテーラーメイドの軍事力の選定・調整に加え、抑止対象となる行為があれば当該軍事力が使われるかもしれないという、「危うさ」を醸成することが必要となる。そのためには、特定の事態や展開にはどのようなアセットを活動させるべきなのか、平素からあらかじめ、政府部内で多様な選択肢を検討しておくことが望ましい。

 また、実際の危機に際しては対外発信の内容を精査する時間的余裕がなく、伝達したくない真意も読み取れてしまう発信となる可能性がある。武力衝突にエスカレートするリスクは誰もが避けたいところ、エスカレートする意思をあえて示すことにより相手を後退させることに要諦がある抑止のための活動は、本来的に「伝達したくない真意が伝達されやすい」という厄介な性質を持っている。したがって、ここで発信されるメッセージについても、多様なパターンに応じて積極的に言うべきこと、言うべきでないことを確認できるチェックリストのようなものを平素から準備しておくべきだろう。

 抑止のための活動は、その国が有する国力や防衛力の制約から逃れて効果を発揮できるようなものではない。行動や言葉による個別のシグナルと、客観的に推し測れる軍事能力や軍事態勢のような指標は、相手から常に相互参照され、「見せかけの脅し(empty threat)」か否かを検証されることを免れない9。しかし、限られた防衛資源を有効に活用するためには、シグナルが有する抑止効果を極大化するための工夫も重要となる。

 

7 米国防省は、展開しているオハイオ級原潜が核搭載可能なSSBN(戦略原潜)なのか通常戦力のSSGN(巡航ミサイル原潜)なのかを明らかにしていないが、公表された写真における潜水艦の形状を踏まえれば、SSGNであると思われる。SSGNであることをあえて断定しない姿勢は、相手に対するシグナリングの観点から興味深い。

8 Azusa Katagiri and Eric Min, “The Credibility of Public and Private Signals: A Document-Based Approach”, American Political Science Review 113, no. 1 (2019): 156–172.

9 Robert Jervis, The Logic of Images in International Relations (New York: Columbia University Press, 1989), ch. 2.

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
小木洋人(おぎひろひと) アジア・パシフィック・イニシアティブ/地経学研究所国際安全保障秩序グループ 主任研究員。防衛省で総合職事務系職員として16年間勤務し、2022年9月から現職。2007年防衛省入省。2009年から防衛政策局国際政策課で米国以外の国では初となる日豪物品役務相互提供協定(ACSA)の国内担保法を立案。2014年から2016年まで外務省国際法局国際法課課長補佐として、平和安全法制の立案や武力行使に関する国際法の解釈を実施。2016年から2019年まで防衛装備庁装備政策課戦略・制度班長として、防衛装備品の海外移転の促進、ウクライナへの装備支援でも活用された外国軍隊への自衛隊の中古装備品の供与を可能とする自衛隊法規定の立案、防衛産業政策などを主導。2019年から2021年まで整備計画局防衛計画課業務計画第1班長として、陸上自衛隊の防衛戦略・防衛力整備、防衛装備品の調達を統括。2021年から2022年まで防衛政策局調査課戦略情報分析室先任部員(室次席)として、ロシアのウクライナ侵略、中国の軍事動向を含む国際軍事情勢分析を統括。2007年東京大学教養学部卒、2012年米国コロンビア大学国際関係公共政策大学院(SIPA)修士課程修了。
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