トランプ大統領の発言とアクション(5月22日~5月29日):関税への「違法」判断に用意しうる代替手段は?

「倍返し」で交渉姿勢を硬化のリスク
映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の舞台となった、2015年。1985年からタイムトラベルしてきた主人公のマーティ・マクフライが宿敵ビフ・ハワード・タネンの孫グリフに、「腰抜け(chicken)!」と罵られ、激昂するシーンがある。短気で臆病なマーティにとっては怒りで我を忘れる言葉となり、取り返しのつかない事態に陥るトリガーとして作用したが、ドナルド・トランプ大統領に向かって放たれれば、取り返しがつかなくなるのは我々の方かもしれない。なお、主人公の宿敵ビフのモデルはトランプ氏だというのは、あまりに有名だ。
CNBCのリポーターは5月28日、米大統領執務室で行われたイベントでトランプ氏に「TACOトレード」についてどう思うか尋ねた。TACOとは「Trump Always Chickens Out(トランプはいつも尻込みする)」の略語。相互関税などショッキングな政策を繰り出すトランプ大統領の発言に、いちいち狼狽して売ってはいけない。いずれ政策は修正されるのだから、市場が大きく持ち直す動きに合わせてトレードすべきとの考え方だ。英フィナンシャル・タイムズ紙のコラムニスト、ロバート・アームストロング氏による5月2日付のコラムに由来する。これまでのTACOトレードのケースとしては、以下の4つが該当すると言えよう。
①相互関税→90日間停止
②中国への大幅関税→115%の一時引き下げで合意
③EUに6月1日から50%関税示唆→7月9日に後ろ倒し
④パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長の解任示唆→撤回
トランプ氏は、TACOトレードのことを持ち出した質問者に対し「聞いたことがないな、中国への関税率を145%から引き下げたためか?」と答えつつ、高関税を課さなければ、中国や欧州は交渉のテーブルにつかなかったと言及した上で「それが交渉だ」と強調。「いやな質問だな、二度と口にするな」と不快感をあらわにした。

トランプ氏は、とにかく屈辱を嫌う。前回の本コラムでは、当時のバラク・オバマ大統領が出生証明書の提出を迫ったトランプ氏を盛大に嘲笑した2011年のホワイトハウス記者晩餐会のエピソードを紹介した。トランプ氏はこの結果、大統領出馬を心に決めた。同氏のプライドが傷つけられた局面では、「倍返し」のリスクに留意すべきだろう。今後の交渉の際に投げる球は、ビーンボールどころかさらに高くキャッチしづらいハードボールとなりうる。
「吉田事件(Yoshida Case)」に由来するトランプ関税の“正当性”
国際緊急経済権限法(IEEPA)は1977年、カーター政権で成立した。米国の安全保障や経済に深刻な影響を与えると認められ発動された場合、相手に対し経済活動を制限でき、米国債など資産凍結を含めた経済制裁権限を大統領に与える法律だ。調査による決定を待たずに、大統領権限をもって「異例かつ特別な脅威」に対応すべく緊急事態を宣言すれば、対応を講じることが可能だ。また、措置を講じる場合①状況、②異常かつ特別な脅威とする理由、③権限が行使される対象国とその理由――など6カ月毎に報告する義務がある。
しかし、「関税」を課す権限を付与すると一言も記されていない。これが決定打となり、米国際貿易裁判所(CIT)は5月28日、トランプ政権がIEEPAを根拠に発動した①カナダ、メキシコ、中国に対する不法移民とフェンタニル流入を理由とした関税、②世界各国・地域に課した相互関税と一律関税――などを「違法であり無効」として、差し止めを命じた【チャート1】。なお、判事3名(任命者はそれぞれトランプ大統領、ロナルド・レーガン大統領、バラク・オバマ大統領)による略式判決だった。
トランプ政権は、客観的には根拠として弱いようにも見えるIEEPAを、なぜ関税の正当性に使ったのだろうか? その理由を解明するには、IEEPAの前身となる1917年成立の敵国通商法(TWEA)について語る必要があるだろう。

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