プーチン・ロシアが怯えた「イラン弱体化」「南北輸送回廊」閉鎖の悪夢

執筆者:服部倫卓 2025年7月29日
タグ: ロシア イラン
エリア: 中東 ヨーロッパ
ロシアにとってイラン弱体化のシナリオは悪夢だ[クレムリンで握手を交わすプーチン大統領(左)とイランのアラグチ外相=2025年6月23日=ロシア・モスクワ](C)AFP=時事
シリアでアサド政権が崩壊したいま、イランはロシアにとって中東戦略の要となる。両国間の貿易実態を統計から捉えることは難しいが、原発建設や武器調達を通じた結びつきが深まっているのは間違いない。それ以上にロシアの死活的利害にかかわるのは、ユーラシア経済連合とインド洋方面とを結ぶ貿易路「南北輸送回廊」の維持・拡大だ。イスラエル・イラン紛争にあたっても、仮にこのルートが閉鎖されれば打撃は石油価格上昇程度では補いきれないとの危機感が表明された。

油価が上がっても浮かない顔

 欧州石油市場の指標価格であるブレント油価は、今年1月中旬には1バレル当たり83ドル前後で推移していた。ところが、1月20日にトランプ政権が発足し、関税戦争を始めると、世界経済の先行きが不透明となり、油価は下落に転じた。これは、財政歳入の多くを石油部門から得ているロシアにとっては、死活問題である。現に、ロシアは早くも4月の時点で、2025年の連邦予算の修正を迫られていた(修正法は6月24日に正式に成立)。

 それが、6月13日にイスラエルがイランへの大規模な空爆を開始し、両国が事実上の交戦状態に突入すると、直前まで60ドル台で推移していたブレント油価は一気に高騰し、ピーク時の6月19日には80.4ドルに達した。今年に入り経済に陰りの見えていたロシアにとり、イスラエル・イラン紛争に伴う油価の急騰は、思わぬ追い風であった。

 しかし、イラン情勢を目の当たりにして、ロシアの政権幹部たちの表情は、明らかに浮かないものだった。無理もないことで、ロシアにとりイランは戦略的に重視している友好国であり、今年1月には包括的戦略パートナーシップ条約を結んでいる。プーチン・ロシアにとってみれば、シリアのアサド政権崩壊後は、イランこそが中東戦略の要であった。

 イスラエルと、それをバックアップする米国は、イランから核開発能力を奪うだけでなく、同国の体制転覆を狙っているのではないかとの見方も、一時は広がった。そんなことになれば、せっかくロシアがイランと築いてきた協力関係も、瓦解してしまう。短期的に石油収入が膨らむことがあっても、ロシアにとっての収支は明らかにマイナスだ。ロシア指導部の危機感は大きかったに違いない。どこまで本気だったかは不明ながら、ウラジーミル・プーチン大統領はイスラエル・イラン紛争の停戦仲介役にも名乗りをあげた。

貿易統計では見えない経済関係の全貌

 ロシア・イラン関係の戦略的重要性を、経済面から吟味するため、月並みではあるが、まず両国間の貿易額を見てみよう。図1は、ロシア側の通関統計に基づいて、両国間の商品輸出入動向を跡付けたものである。最近ロシアでは貿易データの発表が小出しでなおかつ遅くなっており、2024年のイランとの輸出入額は正式な形ではまだ発表されていない。ただ、4月にロシアのS.ツィヴィリョフ・エネルギー相が述べたところによると、2024年のロシア・イラン貿易は往復で48億ドルとなり(輸出入の内訳には言及なし)、前年比16.2%伸びたということだ。

図1 ロシアとイランの商品輸出入額(単位:100万ドル)
(出所)ロシア側の通関統計 拡大画像表示

 直近で伸びてはいるものの、ロシア・イラン貿易は決して規模の大きなものではない。両国とも典型的な産油国であり、その分、一般的な商品取引の相互補完性が弱いことが原因だろう。通関統計によれば、ロシアからイランには、小麦、車両、建設機械、鉄道設備、化学品などが輸出されている。ロシアはイランから、ナッツ、柑橘類、安価な工業製品などを輸入している。

 ただし、公式的に発表される通関統計からは、両国の経済関係の全貌を把握することはできない。何しろ、図2に見るように、国際社会から経済制裁を受けている件数で、ロシアは世界1位、イランは2位である。その両国間の経済関係は、制裁回避のためのグレーな取引や、中国やカザフスタンといった第三国を経由する取引が多いことに特徴付けられる。ウクライナ侵攻後、ロシアのカスピ海港湾の貨物量が不気味な増加を続けている現実もある。公式的な貿易統計は、両国経済関係の氷山の一角と理解すべきかもしれない。

図2 国際社会から経済制裁を多く受けている国 (2025年1月現在の件数)
(出所)https://www.castellum.ai/russia-sanctions-dashboard 拡大画像表示

原発建設、ドローン調達などに戦略的プロジェクト

 ロシア・イラン間で、最大のインフラプロジェクトとなっているのが、イラン南部ブシェール原発である。ロシアの原子力公社「ロスアトム」が推進しているもので、すでに1号機が稼働しているのに加え、2・3号機の建設も進められている。現地では数百人のロシア人専門家が働いているという。

 ロシアとイランが石油・ガスのスワップ取引を手掛けようとしていることも、注視すべき動きだ。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
服部倫卓(はっとりみちたか) 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授。1964年静岡県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士後期課程(歴史地域文化学専攻・スラブ社会文化論)修了(学術博士)。在ベラルーシ共和国日本国大使館専門調査員などを経て、2020年4月に一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長。2022年10月から現職。著書に『不思議の国ベラルーシ――ナショナリズムから遠く離れて』(岩波書店)、『歴史の狭間のベラルーシ』『ウクライナ・ベラルーシ・モルドバ経済図説』 (ともにユーラシア・ブックレット)、共著に『ベラルーシを知るための50章』『ウクライナを知るための65章』(ともに明石書店)など。
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