「蜘蛛の巣作戦」と「ライジングライオン作戦」 汎用デジタル民生技術とインテリジェンスコミュニティの密接な連携
ウクライナ保安庁(SBU)による「スパイダーウェブ(蜘蛛の巣)作戦」の余韻が冷めやらぬうちに、イランの首都テヘラン近郊に配置されたミサイル発射装置を狙ったイスラエル諜報機関モサドによる「ライジングライオン作戦」が行われた。筆者は「蜘蛛の巣作戦」の検証を続けている最中で同種の攻撃が行われたことに驚いたが、Xで公開された画像から両作戦とも同じ「汎用デジタル民生技術」が使用されたことを確認して合点がいった。
一方で、一部を除いた大多数の国内メディアは単なる「ドローンによる遠隔攻撃」として報じたのみで、使用された技術については詳しく触れず、政治的な情勢を扱うことに終始した。2つの作戦で使用された技術の根幹が誰でもアクセス可能なオープンソースソフトウェア(OSS)である点や、ドローンの遠隔操作に携帯電話回線という民間インフラが使用された点はあまり注目されなかった。さらに言えば、現代戦の有り様を変え続けている汎用デジタル民生技術がテロに使用されるリスク、といった議論はほとんどなかった。
ここでは、2つの諜報機関が使用した汎用デジタル民生技術と、その技術を使用するに至った背景、日本のメディアがその詳細を報じることができなかった理由について、民生技術を使用した装備品開発に携わる技術者の視点から論じていきたい。
ウクライナ、イスラエル両国の諜報機関が同じ民生技術を使用
ロシア・ウクライナ戦争が示したのは、長い年月と莫大な予算を投じて開発されてきたハイテク軍事技術を、汎用デジタル民生技術が淘汰していく姿だった。
表に見えるのは単にドローンが飛行して自爆攻撃を行う様かも知れないが、裏で支えるのは汎用デジタル民生技術とそれを自在に扱える技術者の存在だ。
「蜘蛛の巣作戦」で使用されたドローンは、ウクライナ、ロシア両軍が戦場で多用するドローンとは仕様が異なる。自爆攻撃用の自作FPVドローンや、主に偵察・弾薬投下で使用されているDJI社のMavic 3などをはじめとする民生用ドローンは、ドローン本体とコントローラをWi-Fiなどの無線電波で直接リンクして扱う。そのため、基本的にカメラ映像などの情報は操縦者の手元にあるコントローラのみに共有される前提で設計、製造されている。
それに対して、「蜘蛛の巣作戦」で使用されたドローンはWi-Fi、携帯電話回線、衛星ネットワークなどの通信方法に対応した運用システムにより、インターネット経由で遠隔操作や自動飛行を行う仕組みである。遠隔操作で荷室の屋根が外れる仕組みに改造されたトラックにドローンを仕込んで攻撃目標から約5kmの地点まで運搬したが、ドローンの操縦者はトラックに同乗せず、遥か彼方から遠隔操作によって作戦が実施された(下図参照)。
使用されたドローンはウクライナのドローンメーカーFirst Contact社のOSAという機種で、高速飛行での自爆攻撃を目的としたFPVドローンだ。このFPVドローンをベースに、3Dプリンタで作成されたと思われる成形炸薬弾をフレームに取り付けるなど改造が施されている。
内部システムとして、自動飛行に特化したオープンソースのドローン制御用プログラム「ArduPilot(アルジュパイロット)」、それに対応した主に「Pixhawk」などのフライトコントローラ、SIMカードを接続して携帯電話回線での通信を担う「ラズベリーパイ」などの小型エッジコンピュータをコンパニオンコンピュータとして使用。その他、GPSモジュール、高度センサを組み込むなど、標準スペックと比較して原形を留めないほど手の込んだ改造が施されているように見受けられる。
操縦者側は、事前に「ArduPilot」をコントロールするためのオープンソース地上コントロールステーション(GCS)アプリ「Mission Planner」をWindowsPCにインストールし、ドローン本体のフライトコントローラとUSBで接続してリンクと基本設定を完了しておく。そうすることで遠隔地の携帯回線の圏内にあるドローン本体に電源を入れ、インターネットに接続された操縦者のWindowsPCから遠隔操作が可能になる。
「Mission Planner」に読み込んだ目標付近の地図データに、マウスで線を引く要領で飛行ルートを定め、GPS、高度、速度など飛行に必要な情報を入力すれば自動飛行も可能になる。ただし、あくまでもGPSなどによる位置情報に基づく自動飛行であるため、最終的な着陸(攻撃)には微調整が必要になる。
「蜘蛛の巣作戦」では攻撃対象の戦略爆撃機付近まで自動で飛行し、最終的な攻撃時には減速して手動操作で慎重に位置を調整している様子が映像から確認できる。携帯電話回線とインターネットを経由することで、理論値として0.5秒以上、電波の状態によっては数秒の遅延が発生するため、慎重にならざるを得ないのだ。この遅れは、DJIのMavic3の約130ms(0.130秒)、専用ゴーグルを付けて操縦するDJIのFPVの約40ms(0.040秒)と比較すると、明確に体感できる遅延と言える。
攻撃後のウクライナの発表では「AIを使用した」とあったが、一部の機体では攻撃の最終調整において、簡易的なAI物体検出を利用した目標への自動追尾、いわゆる終末誘導を行う映像も公開されている。狙いや目的は不明だが、前述した自動飛行と手動による方式と合わせて2種の方式を導入していたことになる。
また、他の映像では攻撃目標までたどり着けずに地面に墜落したドローンの残骸が確認でき、全機が攻撃に成功しているわけではない。メーカー製品に比べて自作ドローンの運用においては予期せぬトラブルは付き物だが、そうした不確実性を熟知した者が、ドローンの数量、構成に関する意思決定プロセスに関与していた可能性が高い。
Τηλεχειρισμός από απόσταση με ardupilot. pic.twitter.com/FkYpPbzWUe
— tt_125 (@tt12514) June 1, 2025
オープンソース GCS アプリ「Mission Planner」「スパイダーウェブ作戦」実際の画面
「最先端技術の脅威」ではなく、誰でもアクセスできる汎用デジタル民生技術
そして「蜘蛛の巣作戦」の約2週間後、イスラエルのモサドによる「ライジングライオン作戦」が同様のシステムを駆使して実行されたのである。こちらは「蜘蛛の巣作戦」ほどあからさまではないものの、事後に公開された映像に「ArduPilot」用コントロールステーションアプリ「Mission Planner」の画面表示の一部が映り込んでいる。
これら2つの作戦で使用された技術のうち、弾薬(爆発物)以外はすべて汎用デジタル民生技術である。特に核となる技術が、前述した自動制御プログラム「ArduPilot」だ。
「ArduPilot」はウェブメディア『WIRED』の元編集長でもあるクリス・アンダーソンらによって開発された。2009年の第1版リリースから愛好家を中心とした技術者たちによってアップデートが繰り返され、日本を含む世界中で、ホビーから産業まで多様な無人機の制御に使用されている。
このことから言えるのは、大学研究者などが警鐘を鳴らす「AIをはじめとする最先端技術の脅威」とは異なる事態が実際に起きているということだ。
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