「戦間期」の教訓と参院選の帰結――再び「理念が不在の時代」へ

執筆者:先崎彰容 2025年8月14日
タグ: 日本
先の参院選の結果は100年前の歴史や現在の国際情勢と深く連動している[参政党の候補者ポスター=2025年7月18日、北海道](C)時事
理念不在の時代には原始的なものが心を揺さぶる。民族や肌の色――尊厳やプライド、生得的な差異だけが、理念に代わる唯一の世界観となるからだ。E・H・カーが第一次世界大戦後の戦間期に見た「価値喪失のニヒリズム」がふたたび世界を覆ういま、参院選の自民党敗北と日本政治の多党化は、まさにカーの言う「露骨な権力闘争」を示している。そして、100年前には共産主義などの形で準備された「次の世界観」は、2025年現在どこにも存在していない。

「肌感覚」を掬い上げた新興政党

 今回の参院選の結果、とりわけ自民党の敗北をどう評価するかは極めてむずかしい。表面的なことは何とでも言える。自民党政治に飽き飽きした有権者が自民党以外の選択肢を求めて国民民主党に投票した。あるいは石破政権の失策によって保守・右派支持者離れがおきて参政党に票が流れた。さらにはSNSの急激な台頭で、若者が新興政党を支持し、自民党はすっかり年寄り支持政党になってしまったなどである。海外に眼をむけると、欧州ではすでに極右ポピュリズムが台頭しており、わが国にも、いよいよ「日本人ファースト」を掲げる政党が登場してきた。ドナルド・トランプの選挙戦術を研究し、戦略に組み込んだともいわれる右派勢力を前に、自民党は大きく票をえぐられた……。

 いずれも事柄の一面をとらえており、間違ってはいない。だが、今一つすっきりしない。

 私たちは日ごろから、モヤモヤとした違和感を抱えながら生きている。その違和感が言葉でズバっと表現されると、そうだ! という気持ちが沸き起こり、自分事を言ってくれているから支持したくなる。もっともわかりやすいのは「手取りを増やす」を掲げた国民民主党であり、いくらSNS戦略がうまかったからと言って、心を突き刺す言葉がなければ、ここまで支持を得られなかったであろう。その点からすると、参政党は、しばしば極右政党との批判をうけ、また移民に警戒感を隠さないが、にもかかわらずの躍進は、私たちの違和感をうまく掬い取ったからだと思われる。

 例えば、銀座線に乗って銀座に向かったとしよう。狭い車内には、大きな荷物を抱えた外国人が溢れている。一歩街中にでてみると、高級な街・銀座の面影はどこへやら、歩道を行き交う多くの人は外国人であり、中国系の団体客がラーメン屋の前に列をなしている。

 いいとか悪いとか、差別の有無ではない。こうした光景が、「急激」に起きているという漠然とした感覚が大事なのである。欧州の移民問題の深刻さに比べれば、日本の現状は序の口にすぎないと識者は言う。だがこうした分析は、私たち一人ひとりの肌感覚とは何の関係もない。「最近、ずいぶんと外人が増えたなあ」という感覚をどう分析するかが重要なのだ。

菅政権の荒療治が残したもの

 そう考えると、改めて思い出されるのは、菅義偉という政治家の国づくりである。菅氏は総務大臣時代から、国民を食わすことが何よりも大事だとし、急激な改革志向のもと、ふるさと納税とインバウンド政策を断行した。ふるさと納税は地方にカネを循環させる政策であり、1兆円を超えるカネが地方各地に分散されることになった。インバウンドが、地方を含めた日本の隅々にまで外国人観光客を受け入れることで、外貨が落ちることを狙った政策であることは言うまでもない。

 いずれにせよ、菅氏が目指したのは、停滞し、成長戦略を見出せない日本に荒療治を施すことであり、荒療治は具体性が命なのであって、二つの規制改革はその象徴であった。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
先崎彰容(せんざきあきなか) 1975年、東京都生まれ。東京大学文学部倫理学科卒。東北大学大学院文学研究科博士課程を修了、フランス社会科学高等研究院に留学。現在、日本大学危機管理学部教授。専門は倫理学、思想史。主な著書に『ナショナリズムの復権』『違和感の正体』『未完の西郷隆盛』『維新と敗戦』『バッシング論』『国家の尊厳』『本居宣長―「もののあはれ」と「日本」の発見―』など。
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