トランプ「ガザ和平計画」はいかにして生まれたか――ネタニヤフ首相の失敗から学ぶ「同盟マネジメント」の教訓

執筆者:松本太 2025年10月10日
エリア: 中東 北米
ガザを含む「八つの戦争の解決」でノーベル平和賞に意欲を示したトランプ大統領(右)は、ネタニヤフ首相(左)を「君の勝利のチャンスだ」と説得した[2025年9月29日、アメリカ・ワシントンDC](C)EPA=時事
トランプ米大統領によるガザの和平計画は、ドーハ空爆というネタニヤフ首相の「過度の自律性追求」を逆手に取る形で誕生した。アラブ諸国の一致した怒りと国際社会の厳しい視線を梃子にして、米国は地域最大の同盟国に最大の圧力をかけたのだ。この中東の物語は、自律と結束の微妙なバランスの上に立つ同盟関係のマネジメントについて、日本にも重要な教訓を与えている。

 ドナルド・トランプ米大統領が9月29日に提案した、20項目の和平計画によって、ついにガザの恒久的停戦が実現する可能性が生まれました。

 10月6日から3日にわたって行われたエジプトのシャルムエルシェイクでの詰めの交渉により、ガザの第一段階の和平計画実施案(注:イスラエルのメディアがスクープした「ガザ戦争の包括的終了」と題された和平計画実施案を参照)が関係当事者によって合意され、9日までにイスラエル政府の閣議は、宗教右派政党の反対にかかわらず、ついにこの和平計画を認めたのです。

 これにより、10月13日までにはイスラエル人の人質全員がハマースによって解放されるとともに、10日中にはガザに展開していたイスラエル軍は合意された地点(イエローライン)にまで撤退することなります。並行して、イスラエルに捕えられていた合計1950人のパレスチナ人囚人も解放される予定です。

イスラエル軍が第一段階で撤退するイエローラインなどが示されたガザの地図 出所:ホワイトハウス/X 拡大画像表示

 今回の和平計画合意に至るプロセスについて、その全貌が次第に判明してきていますが、その最大の成果、そして最大のドラマは、一にも二にもトランプ大統領がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に、この和平計画を受け入れさせたことにあります。

 例えば、米国政府において中東和平プロセスに長らく携わったアーロン・デイヴィッド・ミラー・カーネギー国際平和基金上席研究員は、「トランプは、これまで自分が仕えてきたカーターからブッシュまでの6つほどの政権の中でも、イスラエルの首相にアメリカの和平計画を受け入れさせることができた唯一の米国大統領だ」と評価しています。

 無論、イスラエル側は和平計画に“トリップワイヤー”のような仕掛けを組み込むことにより、いつでもイスラエル軍をガザに再展開させる用意があることを示していますが、今回ばかりはネタニヤフ首相はトランプ大統領の怒りの前に全面的に降伏したと言って良いかもしれません。

 本稿では、その劇的な外交プロセスを改めて吟味するとともに、中東地域における米国の最も緊密な「事実上の同盟国(de facto alliance)」であるイスラエルの自律的な動きとその限界を見極めます。そして、米国との間で我が国のような同盟国がどのように振る舞えばよいのか、この中東の物語が私たちに示唆する意味合いをよく考えてみたいと思います。

「危機」が「チャンス」へ転回した時

 今回の和平計画への動きが生じたのは9月9日です。まさにその日にイスラエルは米国の事前の了解を得ることなく、米国の準同盟国であり和平の仲介役も担ってきたカタールに対して、同国の首都ドーハに滞在中のハマース幹部を殺害する目的で空爆を加えたのです。この空爆が失敗に終わった後で、ネタニヤフ首相は改めてカタールへの再攻撃まで示唆していました。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
松本太(まつもとふとし) 一橋大学国際・公共政策大学院教授 1965年生まれ。東京大学教養学部アジア科卒業後、1988年外務省入省。在エジプト大使館参事官、内閣情報調査室国際部主幹、外務省情報統括官組織国際情報官、駐シリア臨時代理大使兼シリア特別調整官、在ニューヨーク総領事館首席領事、駐イラク特命全権大使を歴任後、現職。著書に『ミサイル不拡散』(文春新書)、『世界史の逆襲 ウェストファリア・華夷秩序・ダーイシュ』(講談社)等がある。【X】https://x.com/futoshi_japan【HP】https://salmon664262.studio.site
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