公明の連立離脱を決定づけた「木原稔官房長官」という人事
「もうルビコン川を渡りました。離脱の流れは変わらないと思います」
これは、26年間の連立に終止符を打つことになった10月10日の高市早苗自民党総裁と斉藤鉄夫公明党代表との「与党党首会談」が始まる直前に発せられた、ある公明党関係者の言葉だ。高市が総裁選に勝利してわずか1週間程度で、政局は大きな転換点を迎えた。
筆者は前回出稿した『公明との協議は「時間が足りない」 高市・麻生コンビは国民民主党に秋波』という記事の中で、高市にとって最初の難所は公明党との協議であり、同党や創価学会の幹部らが「連立離脱も辞さない」と漏らしていることを指摘した。
筆者も含め政界を取材している者の間では、公明党が態度を硬化させていることは自明のことであった。しかし高市とその周辺には公明の空気感が伝わっていなかったようだ。
斉藤との党首会談に臨む直前の高市に会ったある関係者は、こう話す。
「(高市は)ピリピリした雰囲気が全くなく、どちらかと言えば朗らかだった。本当にいまの状況をわかっているのかなって、こちらが不安になった」(政界関係者)
確かに党首会談の冒頭の映像を見ると、表情の堅い斉藤に比べ、高市は時折笑みを浮かべるなど余裕すら感じられた。しかし、1時間半にわたる会談終了後、姿を現した高市はこれが同じ人物かと思えるほど険しい表情だった。
「一方的に連立政権からの離脱を伝えられました」(会談終了後の記者会見)
憮然と報道陣に答える高市。その眼差しは公明党への怒りすら感じるモノだった。おそらく高市には「公明は本当に離脱するつもりですよ」と囁く側近が誰もいなかったのだろうと想像する。
公明党は“超タカ派”の政治姿勢の高市が総裁になることを危惧していた。そこで斉藤が総裁選直後に異例の懸念を伝えたのだが、高市は党の役員人事で公明党が嫌う麻生太郎元総理を副総裁にするなど全く配慮を見せなかった。中でも公明党の高市への不信感を決定づけたのは、官房長官人事だったと筆者は感じる。
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