「訪問看護」にはびこる不正
高齢者介護の業界で2023年、ちょっとした「事件」があった。「老人ホーム」と言えば、特別養護老人(特養)ホームが長年、利用者数でトップだったのだが、この年、有料老人ホームの定員数が特養ホームを逆転したのだ。介護保険制度が始まった2000年以降、初めてのことだ。2024年時点では特養が約66万人、有料老人ホームが約67万人となった。
特養ホームを運営するのは主に社会福祉法人。それに対し、有料老人ホームは株式会社など営利法人が中心だ。公的な性格を持つ特養ホームから、民間主体の有料老人ホームに主役が交代したことを示している。
そして今、有料老人ホームの中でも急速に数を増やしているのが、末期がんや難病患者向けのタイプ。「住宅型」の有料老人ホームに訪問看護と訪問介護のステーションを併設し、看取りまで行うため、「ホスピス型住宅」などと呼ばれる。
私は昨年以降、このホスピス型住宅について、東証プライム上場企業を含む複数の運営会社が不正・過剰な診療報酬を請求していた疑いを報じてきた。問題の「肝」は訪問看護。末期がんなどの患者への訪問看護は医療保険が適用され、多額の診療報酬を得られるからだ。
不正・過剰な請求の手法は主に3つある。
(1)制度の上限である「1日3回」の訪問のほか、加算報酬が得られる「複数人での訪問」「早朝・夜間、深夜の実施」を必要ない人にまで設定
(2)原則30分間は訪問しなければいけないのに、数秒~数分の訪問でも30分いたことにして、報酬を請求
(3)看護師1人の場合でも複数人で訪問したことにしたり、早朝・夜間、深夜に行ったという虚偽の記録を作ったりして、加算報酬を請求
報道を受け、大手企業の一つは自社の実態について弁護士らによる調査委員会を設置。調査の結果、約28億円の不正請求が認定された。
人手不足と縦割りの役所
私がホスピス型住宅の問題を報じてから1年以上がたつ。報道の前から、厚生労働省の出先機関である地方厚生局や自治体には、各社のスタッフから通報が届いていた。ところが、いまだ行政処分は1件も行われていない。前述の約28億円の不正請求についても、行政はまだ返還を求めていないとみられる。通報した人からは「行政に通報しても何ともならない」との声が相次いでいる。
なぜなのか。原因の一つはホスピス型住宅の制度的な成り立ちにある。老人ホームの「ハコ」自体は老人福祉法に基づくが、併設の訪問看護や訪問介護は健康保険法や介護保険法。所管の役所も国と自治体にまたがり、部署も分かれていたりする。
現場の不正は法令をまたいで一体的に行われているが、いざ行政が対応しようとなると、所は担当がバラバラで、「それはあっちに言って」「その話はうちの所管じゃない」となる。
もう一つは、指導監査を担当する部署の圧倒的な人手不足。例えば、有料老人ホームの数は2000年に比べ約50倍に増えた。医療や障害福祉にしても、倍率の違いはあれど、大きく増えている。では、その分、指導監査の担当職員が増えたかと言えば「否」。日本の公務員数は先進諸国の中で最低水準だ。
ほかの医療・介護サービスに比べると、訪問看護が制度的に「隙」があった点も否めない。訪問看護は利用者の年齢や疾患によって、介護保険が適用される場合と医療保険適用と2つに分かれる。その時点で縦割りの狭間に落ちやすい。
さらに、一般の介護保険サービス事業所の場合、3年または6年に一度、自治体の運営指導が入ることになっているが、訪問看護ステーションにはそうした定期的な指導はない。診療報酬を請求していても、「医療機関」には当たらないため、病院やクリニックに適用される厚労省令による規制の対象にもならない。
不正な名義貸しは「やり放題」
訪問看護で私が最近報じた事例を紹介したい。一般の人からすると、「え、そんな不正が見抜けないの?」と驚くと思う。
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