一九八九年、自ら騒乱を封圧したチベットで、いままた翻る反旗――。五輪という「半世紀に一度」の機会に胡指導部が翻弄される。「ハイウェーを造って欲しい、財政援助してくれ……そんなことをわれわれが一度でも求めましたか? 漢族を入植させ経済建設をリードしてくれとお願いしましたか? われわれはダライ・ラマに帰って来て欲しい。一貫して、それ以外の要求はないのです」――肌の奥まで日焼けした若者の口から、激しい言葉が噴き出した。ふだんは笑顔を絶やさず温厚な人柄だけに、憎悪すらにじむ口調にたじろいだ。 若者は、中国チベット自治区の区都ラサ生まれのチベット族。チベット旧社会の貴族階級出身の父親が「共産党によるチベット解放を支持したため、周囲よりは優遇されて育った」という。チベット族エリートとして北京の大学に進み、いまではある政府部門の中堅幹部だ。ひょんなきっかけで知り合い、若者が海外に出た際、食事に誘った。初めての日本酒が効いたのか、押さえ切れない本音がこぼれ出る。若者のもうひとつの顔を初めて見た一夜だった。
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