経済の頭で考えたこと
経済の頭で考えたこと (23)

円高とデフレのメカニズム

執筆者:田中直毅 2010年1月号

 円高、デフレに直撃されるわが国の経済状況を、国債を軸に考えてみたい。二〇〇九年、そして明けて一〇年、われわれはいわば「戦時国債」発行の真っ只中にある。どのような「戦争」を、誰を相手に闘っているのか、指揮官は誰か、参謀らしき存在は見うけられるのか。そしてこれを批判する国民のなかに、更なる逸脱につながる提言の主が増えることはないのか。
 気掛かりなことは多いが、この進行劇の第一幕は、不気味なことにこの「戦時国債」が何の押しつけもなく、円滑に買い上げられていくところから始まった。税収が四十兆円弱、新規国債の発行額が五十兆円突破という枠組みが明瞭になったにもかかわらず、十一月十一日から国債の流動利回りは低下局面に入った。買いが先行し始めたのだ。
 税収よりも借入の方が多い財政状況は敗戦の翌年の一九四六年度以来のことである。当時はこの財政赤字を日本銀行が紙幣の増刷で埋めた。財政赤字の貨幣化(マネタイゼーション)の典型例である。結果は目を覆うようなインフレであった。戦時中に発行された「愛国国債」の保有者は、自らの保有する資産の紙くず化を見守る以外になかった。敗戦があり、国家の創業以来初めて占領軍を受け入れたのだし、しかたがない、命がつながっただけありがたい、というのが当時の忠勇なる国民の率直な思いであった。
 そしてこの過程に歯止めをかけたのは、占領軍が呼び込んだ米国北東部の銀行家、ドッジであった。出回った紙幣の回収過程においては飽くなき徴税強化も常態化した。しかし当時の日本国民はこれをも受け入れた。こうしたドッジ・デフレに転機が訪れたのは一九五〇年の朝鮮戦争の勃発によってである。もう一つの戦争が戦時需要を生み出したのだ。
 歴史を六十三年も遡る国家財政の危機的状況にもかかわらず、溢れ出す国債に対する買いが先行する薄気味悪さはどこから来たのか。購入口は二つ。一つは貸出先を見出せない日本の金融機関。そして、もう一つはドル建ての資金調達の有利さが長期に及ぶという見通しを手掛かりとして、円建ての“リスクのない日本国債”を保有しようとする動きである。

「ニュー・ノーマル」という現実

 二〇〇九年一―三月期までで、過激なまでの在庫調整は終った。〇八年九月のリーマン・ブラザーズの破綻によって、先進国の消費市場から需要は「瞬間蒸発」したように消えた。「半分経済(ハーフ・エコノミー)」という表現もあった。サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)という供給管理体制の充実を図ってきた日本企業は、「蒸発」ぶりを最も的確に知る立場にあった。このため在庫の圧縮のための一挙減産は、歴史に例を見ないほどのすさまじさになった。
 しかし在庫調整はおよそ半年で終り、四―六月期からは在庫投資が回復に入る。そしてこれが十―十二月期までは持続する。このリバウンドによって、業種や企業によっても異なるが、生産の概況はリーマン・ブラザーズ破綻前の水準の八〇%程度までは回復した。
 ところがこの八〇%という水準が「ニュー・ノーマル(新しい正常値)」としての重みを持ちそうだ、という受け止め方が先進諸国に一体として広がった。そして、この壁を打破するためには、新しい時代に見合った財やサービスの提供というイノベーションが不可欠との見解が諸方面で打ち出された。ここから企業の側に戸惑いが生まれる。そして、この認識は日本の金融機関にも広がった。
 企業からの新規の借り入れ需要が相次ぐという状況からは程遠く、在庫の積み増し過程で発生した在庫金融要請が一段落すると、「ニュー・ノーマル」は日本の金融機関にとっての新しい現実となった。新規の借り入れ需要を掘り起す「貸し興し」運動の先頭に立っていた融資課長は、「経済の平穏時においても四百三十万社の中小企業のうち、法人税の支払先は約三割にとどまる」というもう一つの厳しい現実を思い起さざるをえなかった。
 土地資産を担保に貸し出し増を図るという手法はすでに限度に達している。ここから在庫金融の次の局面について、金融機関の経営企画担当者は長考を強いられた。彼らの下した結論は「国債価格の下落(長期金利の上昇)が確認されたら、買いを入れるべし」というものだった。十一月十日までの下落を受けて、国債に対する試し買いが十一月十一日から始まった。十一月十日の日付はわれわれの闘っている「戦争」がいかなるものであるかを知るうえで記憶すべきものになるかもしれない。やがて荷余りとなって叩き売りの対象となる可能性が否定できないにもかかわらず、足元では逆に買い急ぎが起こるという薄気味の悪さこそが、「戦場」の雰囲気を知るうえで不可欠といえよう。

ドルはどこへ向かうのか

「戦時国債」のはけ方を知るうえで、ドル・キャリー・トレードという一般の人々にとって聞きなれない言葉の説明に入らねばならない。現在金利が安いドルの手持ち(ドル・キャリー)を交易(トレード)の対象とするということは、ドル建てで金融をつけ(資金を借り)、他通貨建ての資産を保有することを意味する。二〇〇九年の秋の時点でなぜドル・キャリー・トレードが大きな流れとなったのか。それは米国経済の回復が、やはり「ニュー・ノーマル」の前に立ち往生し、需要の停滞の中期化が避けられなくなったからだ。
 FRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長は、低金利の中長期にわたる持続を口にし始めたのだ。米国経済のもう一段の回復の加速が望めない以上、企業部門の積極性を後押しするためにも、金融緩和は持続させざるをえなくなった。これによってドルで資金を借りた場合、約定期間が終っても再金融(借り替え)の交渉に手間どることはないし、その折に金利が上昇しているおそれもない、ということになる。
 また米国の低金利持続がドル安に直結する可能性もあるところから、他の通貨建ての資産を持つ場合、為替差益も発生しやすい。こうした状況にあってはドルで金融をつけ、ドルを手持ちにして、そして然るのちに他の通貨にトレードするという行為が一挙に広がるということになる。何しろドル金融の円滑性は、間違いなく世界に冠たるものである。取引の厚みはドル本位制ともいうべき国際金融の実情をいかんなく表現する。二〇〇一年三月以降は、日本銀行が金融緩和の長期持続に踏み出し、円キャリー・トレードを引き起したが、ドル・キャリー・トレードの規模たるや円キャリー・トレードの比ではなくなりつつある。
 ドルの手持ちはどこへ向かうか。新興国(エマージング・カントリー)がまず対象となる。ブラジルの通貨レアルは二〇〇九年中に三〇%以上もの対ドル切り上げ率となった。そこで十月に入ると、九十日以下の短期資金の流入に対して、二%の「関税」を急遽導入した。世界中でドルの手持ちが増加し、それがブラジルに向かうことによって、ブラジル国内での流動性が過剰になることを防ぐためである。
 当然のことながらドルは中国にも向かう。しかし人民元の交換性や中国の株式市場での取引は中国政府の管理下にあるため、中国企業が株式上場を急ぐ香港での取引に向かうことになる。結果として香港の株式市場は大活況を呈す。ドルの手持ちの高まりは中国買いの市場としての香港を改めて見直すことになる。そして中国政府は、香港の取引所のトップに北京から人を送り込んだ。ドル・キャリー・トレードを中国の成長に結びつける仕組みの精緻化だ。

異常な規模の国債

 日本の株式市場にはこうした急増するドル手持ちの流入は見られない。企業の普通株増資は金融機関から始まって相次いでいるが、一株あたりの利益を増大させるという増資趣意書(エクイティ・ストーリー)は説得力を欠くことが多いため「荷余りのところへの売却希望の荷物の送り込み」という株式需給の悪化ばかりが喧伝されることになった。
 ここから値下がりリスクの少ない円建ての資産として日本国国債が注目されることになる。「戦時国債」の様相を呈するに至ったにもかかわらず、“当面はリスクのない資産”という位置づけがなされているのだ。これを端的に表しているのが、四十年債の利回りが二・二%にとどまっているという債券市場の実態である。二〇四九年に満期償還を迎える四十年債の利回りは三要素に分類できる。平均実質成長率、期待インフレ率、そして国債の破綻リスクに見合った追加的な支払い分である。ここにあえて数字を当てはめれば一・〇%の成長率、〇・七%の期待インフレ率、〇・五%の破綻リスク見合いの保険料率ということになろう。
 もちろん三要素の組み合わせについては投資家ごとに差異があろう。しかしインフレ率が一%を大きく上回るとか、国債の破綻リスクが無視できないほど大きいとは、生命保険会社などの長期性の負債を抱えている機関投資家は考えてはいない。負債の満期構成に近づけるようにして資産サイドで長期国債に対する買いを入れるのはこのためだ。ここではインフレの過熱も、また国債の破綻リスクの拡大も想定されてはいない。しかしここで注意喚起を要する重要な事柄がある。「戦時国債」の調達の円滑化とは、民間経済主体からの追加資金需要の発生がなく、異常な規模の国債が資本市場で素直にはめ込まれているという、現実の日本経済の冷え込みに他ならないのだ。

民間経済主体の軸を

 新卒の学生に対する求人需要の低迷は何につながるのか。企業の内部において実質上の社会教育がほどこされ、彼らは中長期的にみて納税者として、また社会保険料の拠出者として育っていく、という日本経済の成長モデルが根底から揺らぐかもしれないのだ。背景にあるのは企業収益の厳しさである。販売価格の引き下げで売上数量を回復させようとすると、競争相手がさらに値下げに踏み出すという展開が、消滅する利幅を象徴している。これが、税収にも、また雇用情勢にも反映し始めたといってよい。ここから安直なデフレ脱却論の登場が予想される。
 デフレは単に貨幣的な現象であり、その脱却のためには日銀が貨幣供給を飛躍的に増やせばよい、という立論がこれである。もし日本の政治がこの主張を拾い、日銀に圧力を加え、かつ、すでに実質上の「ゼロ金利」に踏み出している日銀がこれに屈服しそうになったとしよう。市場においていかなる反応が生まれるだろうか。「戦時国債」に対する日銀の買い入れがテンポを上げると市場が判断すれば、これは政府赤字の貨幣化に他ならないと了解されよう。これは制御を越えるインフレの第一歩である。ここまでくれば、薄気味悪かったものが逆転のシナリオに転じ、国債は売り浴びせられることになる。利回りの上昇は、すぐに発行金利の上昇となり、財政収支はさらなる悪化に追い込まれよう。また財政破綻は金融危機にも直結する。なぜならば、銀行の保有する国債価格が暴落するからだ。二〇一〇年の最大の経済危機はこれである。
 そもそもデフレには様々な要因があり、中国やインド、ブラジルといった、低賃金の新興国が効率的に製品を作れば、モノの値段は下がる。この状況を打破するには、貨幣の供給を増やせば事足りるわけではなく、サービス業も含めたたゆまぬイノベーションが必要だ。経済活動の停滞に対しては、民間企業の内部において、エクイティ・ストーリーの構築に繋がる新規の展開軸を用意し、この周辺に新しい活動を呼び込む働きかけが不可欠なのである。企業収益の悪化に対して、おまじないを唱えるような簡便な解決法があるわけではない。二〇一〇年の日本経済の道筋を何か妙法でもあるように論ずることは、結果として日本経済の基盤を根底から損なうおそれがある。軸を新たに提示しようとする民間経済主体をつくり出さねばならない。
 民間経済主体の挑戦者魂の欠如のよってきたる理由を、政府に経済成長戦略が欠けるからだ、と総括したがる人もいる。しかし、これもまた逃げかもしれない。他を指差して悪口を言うところからは、逸脱しか生まれない。財政規律の確立については厳しく注文を付けなければならないが、事態はこれを超え始めた。民間の覚悟は不可欠なのだ。

Tanaka Naoki●1945年生れ。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。専門は国際政治・経済。2007年4月から現職。現在、郵政民営化委員会委員長を務める。政府審議会委員を多数歴任。著書に『最後の十年 日本経済の構想』(日本経済新聞社)、『マネーが止まった』(講談社)などがある。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
田中直毅 国際公共政策研究センター理事長。1945年生れ。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。専門は国際政治・経済。2007年4月から現職。政府審議会委員を多数歴任。著書に『最後の十年 日本経済の構想』(日本経済新聞社)、『マネーが止まった』(講談社)などがある。
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