行き先のない旅 (82)

フランスを沸かせた平田オリザの「買収劇」

執筆者:大野ゆり子 2010年3月号
エリア: ヨーロッパ

 日本を代表する劇作家平田オリザ氏の演劇を、リヨンで見る機会があった。「鳥の飛ぶ高さ」というタイトルのこの作品は、ハイテク温水洗浄機能がついた便器の日本企業「猿渡商会」が、企業に買収を仕掛けられるストーリー。もともとは米企業による仏トイレットペーパー会社の買収劇を描いた原作を、平田氏は現代の日本に翻案し、買収をめぐって揺れる日本のオーナー企業、社長の椅子を狙っていた腹違いの兄弟の確執、それぞれの派閥につく新旧社員の様子を、日本好きのフランス人やフランス好きの日本人を織り交ぜて描く。 獲物にむかってハゲタカがゆるりゆるりと降下するように買収をしかけてくる外資企業と、そのターゲットになったオーナー企業。泥沼の買収劇をコミカルに描く中で、丁寧なモノづくりとは何か、イメージ戦略はどう進められるべきなのか、会社に対する忠誠心とは、西洋的なプラグマティズムは日本と折り合うのか――という平田氏の問いかけがルーペを通すように極端に拡大され、現実にいくらでも起こりそうなエピソードが少しだけ誇張され、フランス人観客を笑いの渦に誘いこむ。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
大野ゆり子(おおのゆりこ) エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。
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