東京・渋谷の閑静な住宅街でレストランを営むパトリック・パッションさん(38)は、フランス大統領官邸のエリゼ宮で1年間給仕として世界の首脳にサービスした貴重な経験をもつ。 パッションさんの父、アンドレさんは日本におけるフランスレストランの草分け。大阪万博が行なわれた1970年、カナダ館のレストランのシェフとして来日。そのまま日本に残り、84年に代官山にレストラン「パッション」をオープンした。故郷・南フランスの白インゲンを鴨、豚肉、ソーセージなどと煮込んだカスレは看板メニューだ。 そんな父をもつパッションさんは日本で生まれ育った。13歳のとき、料理人一家の自覚もあって、南仏カルカソンヌのホテル学校に入学。3年間、フランス料理、サービス、経営をみっちり学び、卒業後はシェフとしてレストランで修業した。 94年4月、22歳のとき兵役についた。現在は志願制だが、2001年に廃止されるまでフランスは徴兵制を採用していた。パリ近郊の部隊に配属され、1年間厳しい訓練に明け暮れるはずだった。ところが1週間ほど経ったある日、上官に呼ばれた。「君の親父は日本でレストランを開いているのか」と上官は履歴書に目を通しながらたずねた。「上官殿、その通りであります」。緊張しながら答えると、こう指示したのだ。「エリゼ宮の厨房に空きがある。話は通してあるから行ってきたまえ」。 フランスでは特殊技能をもった若者は兵役代わりに専門部署で働ける。「将来のことを考えてくれたのだろう。今でも上官には感謝している」と語る。

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