外国に赴任する日本の大使や総領事は料理人を帯同する。公邸料理人として、その国の政府首脳、各界の人々をもてなす食事会で腕を振るってもらうためだ。もちろん日本料理だが、この招宴外交にタイ人料理人が大きな役割を果たしているのをご存知だろうか。 11月半ば、タイの日本大使公邸で夕食会が催された。小島誠二大使夫妻を中心に、辻調理師専門学校(大阪・阿倍野)の教授陣、バンコック市内の日本料理店店主ら計十数人という珍しい顔ぶれだった。日本外務省は今年も3カ月間、バンコックでタイ人料理人を対象に日本料理の研修を行ない、この日はその仕上げの試食会だった。公邸の厨房で研修に参加した9人のタイ人が、手分けしながら料理に取り組んだ。 先付 温度卵、魚そうめん、叩きオクラ、ふり柚子 椀 海胆豆腐、ほうれん草、大根、柚子 造り とろ、縞鯵、烏賊、あしらい一式 焼き物 鱸味噌幽庵焼き 八寸 牡蠣磯辺巻き、鴨照り焼き、鶏松風、厚焼き玉子、イクラ吸地、海老旨煮、棒寿司、お浸し、さつま芋栂尾(とがのお)煮 煮物 信田巻き、帆立黄身煮、菊菜、柚子 お食事 蟹あんかけ デザート 季節のアイス、フルーツ 日本の伝統料理の基本的なところがほぼ網羅されている。これだけの品数を覚えておけば、いろいろ組み合わせながら、その都度、目先の変わった内容の日本料理を出せるという狙いからメニューは組まれた。 参加者は料理を堪能し、感想を言い合った。食事の最後に9人が勢揃い。小島大使が「皆さんが素晴らしい日本料理のシェフとなるよう、今後も腕を磨いて欲しい」と語ると、拍手がわいた。翌日、9人全員に修了証が手渡された。 日本外務省がタイ人の料理人を対象に「公邸料理人育成事業」を立ち上げたのは1993年。公邸料理人の帯同システムが日本人の料理人だけでは立ち行かなくなった現実があった。かつて日本の大使や総領事が帯同した公邸料理人はすべて日本人だった。外務省の外郭団体が「外国で働いてもいい」という料理人をリストアップし、赴任者に引き合わせた。外国が珍しいころは希望者も多かった。

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