橋下、渡辺両氏の「独裁者度」とOSSのヒトラー分析

執筆者:春名幹男 2011年12月1日
タグ: CIA ドイツ 日本
エリア: アジア

 「独裁も必要」と大阪府知事から市長に鞍替えした橋下徹氏と、前読売巨人軍GMから「独裁」を非難される読売新聞の総帥、渡辺恒雄氏。2人の「独裁者」が論議を呼んでいる。
米国の職場トークなどでは、強引な上司を「ファシスト」と呼んだりするが、果たして、この2人は本当に独裁者なのか、また将来ファシストになる恐れがあるのか。
第2次世界大戦中の1943年に、米中央情報局(CIA)の前身、戦略情報局(OSS)のためにハーバード大学の心理療法部長ヘンリー・マレー博士がまとめた文書「アドルフ・ヒトラーの性格分析」を通じて、これら2人の「独裁者度」を推し量ってみたい。2人とヒトラーは比較の対象にならないという批判もあるだろう。橋下さんの支持者には不愉快と感じる人もいるかもしれないが、1つのインテリジェンスとして参考にしてほしい。
この文書は、連合軍側が当時の戦争遂行にあたってヒトラーがどう出るか、さらにドイツが敗北した際にはヒトラーがどう対応するか、心理分析の立場から予測を試みた文書だ。博士はこの文書でヒトラーの自殺を見事予測している。
いま参考になるかと思われるのは、ヒトラーの「政治行動の原則」を分析した部分だ。ヒトラーの政治哲学から見た、以下のような要件が挙げられている。
(a)成功は大衆の支持獲得にかかっている。
(b)新しい運動の指導者は若者にアピールしなければならない。
(c)大衆は継続的なイデオロギーを必要とする。1つのイデオロギーを提供するのがリーダーの機能である。
(d)国民は感情をかき立てられないと行動しない。
(e)政治集会や会合の効果を高めるには芸術的効果やドラマ性が必要となる。
(f)指導的政治家はアイデアや計画の創造者でなければならない。
(g)成功は手段を正当化する。
(h)新しい運動はテロ的な方法の効果的利用なしに成功し得ない。
まず渡辺恒雄さん。彼の発言は常にニュース価値があるが、日本のプロ野球の盛り上げに貢献して大衆的人気が上昇したとは思えない。彼は「権力者」であり、(f)(g)の側面はあるが、(a)~(e)と(h)を欠いており、独裁者ないしはファシストの要件をほとんど備えていない。
対照的に、橋下さんは(a)(b)(d)(f)を問題なくクリアしている。当面の「大阪都構想」は「アイデア」ではあるが、どんな経済効果が出るか分からないまま支持者が囃し立てていることからみて「イデオロギー」(c)のようだと言えなくもない。彼の登場は「ドラマ性」(e)が十分あるし、「One Osaka」と書かれた揃いのジャンパーなど道具立てもそろっている。教育条例案などには、(g)のように手段を正当化する傾向が見られる。
ただ、ナチスがとったような「テロ的方法」(h)は橋下さんにも全く見られず、今ファシストと呼ぶのは正しくない。しかし総体的にみて、橋下さんの行動を危険視する人が少なからずいるのは、やはりそれなりの条件がそろっているからだと言えるのではないか。
ヒトラーは決してクーデターで政権を奪取したわけではない。議会選挙で支持を拡大し、連立政権を経て、好機に乗じ政権を握った。そんな歴史も参考にした方がいいだろう。
 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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