灼熱 評伝「藤原あき」の生涯

灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(26)

執筆者:佐野美和 2019年1月13日
エリア: 日本
若き日の藤原義江。撮影年は不詳だが、撮影者は、第2次世界大戦時、米日系人収容所で隠し持っていたレンズでカメラを作り、密かに収容所で暮らす日系人を撮影していたことで知られる写真家の宮武東洋(下関市の「藤原義江記念館」提供、以下同)

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 明治32(1899)年に、社会福祉の先駆者・留岡幸助が巣鴨の土地を購入し設立した「東京家庭学校」は、キリスト教信仰に基づいた教育方針の、民間の「感化院」として始まった現在で言う「児童福祉施設」だった。

 義江が入った明治44(1911)年は、地位の高い裕福な子息で手のつけられない犯罪予備軍の非行少年が入る更生施設とも言われ、校内は荒れていた。

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執筆者プロフィール
佐野美和 政治キャスター。東京都八王子市出身。株式会社チェリーブロッサムインターナショナル代表取締役。大学在学中、フジテレビの深夜番組として知られる『オールナイトフジ』のレギュラーメンバー「オールナイターズ」の一員として活躍した。1992年度ミス日本に選ばれる。TBSラジオのパーソナリティ、TBSラジオショッピングの放送作家を経て、1995年から2001年まで八王子市議会議員として活動。以後はタレントとしてテレビ出演のほか、講演会も精力的に行う。政治キャスターとしてこれまで600人以上の国会議員にインタビューしている。主な書籍に『アタシ出るんです!』(KSS出版)、『あきれたふざけた地方議員にダマされない!』(牧野出版)などがある。
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