再生も無理「東芝」消滅へのカウントダウン

執筆者:大西康之 2019年2月21日
「両翼」を失った東芝は「何の」会社になるのか……(HPより)

 

 東芝が溶解していく。

 フラッシュメモリー事業を「産業革新機構」(INCJ)、米「ベインキャピタル」、韓国の「SKハイニックス」という日米韓連合に売却したことで、2018年度の連結売上高は3兆6200億円にまで減る見通しだ。ピーク時の7兆6681億円(2007年度)の、実に半分以下である。

 筆者は2017年、『東芝解体 電機メーカーが消える日』(講談社現代新書)を書いたが、まさにタイトル通り「解体」が進んでいる。今のペースで溶け続けると、あと10年で東芝は間違いなく消滅する。

何をする会社?

 JR山手線の浜松町駅。改札を抜けて右に曲がると羽田空港行きモノレールの改札があり、直進して左に曲がると東芝本社ビルにつながる長い屋根付きの通路がある。改札を出てすぐの広場には、コンビニエンスストアと数軒の飲食店がある。

 「東芝のホーム」である広場の柱は、筆者が知る限り30年以上、東芝の指定席だった。昔はエアコンなどの白物家電、10年前は福山雅治を起用した液晶テレビ「レグザ」や、ノートパソコン「ダイナブック」の広告が躍っていた。白物家電やデジタル機器が振るわなくなってからは、有村架純を使ったフラッシュメモリーの広告になった。

 その指定席が、東京の土産菓子として人気の「東京ばな奈」の黄色い広告に変わった。衝撃的である。

 昨年5月には、ニューヨークのランドマーク・タイムズスクエアにあった、赤地に白文字の「TOSHIBA」のLED看板が撤去された。売上高が最高を記録した2007年に設置されたこの看板は、年末年始のカウントダウンで「世界10億人が観る」と言われた。

 さらに昨年3月には、1969年以来続けてきたテレビアニメ『サザエさん』のスポンサーも降板した。

 街角から「TOSHIBA」が消えていくのは、宣伝広告が販売に直結する消費財から東芝が撤退しているからだ。2015年に粉飾決算が発覚し、米原発子会社「ウエスチングハウス」で1兆4000億円の巨額損失を出して以来、東芝はボラティリティ(好不調の波)が高い消費財からどんどん手を引いていった。

 白物家電は中国の「美的集団(マイディア)」に売却、「レグザ」で知られたテレビ事業は中国の「海信集団(ハイセンス)」、「ダイナブック」で一世を風靡したパソコン事業は台湾の「鴻海(ホンハイ)精密工業」傘下の「シャープ」に、そして「ハイテク東芝」の代名詞でもあったフラッシュメモリーは、冒頭で触れたとおり、日米韓連合に約2兆円で売却した。

 約6000億円でウエスチングハウスを買収した2006年に社長だった西田厚聰氏や、後任の佐々木則夫氏は、「選択と集中」を掲げ、原発と半導体事業に投資を集中した。しかし海外原発事業で大失敗した結果、半導体の主軸であるフラッシュメモリー事業まで手放すことになり、「両翼」を失った。消費財事業を売りまくることで債務超過は免れたが、今の東芝は何をする会社だか分からなくなってしまった。

「なかりせば」「一過性」「交通事故」

 「原発と半導体の会社」でなくなった東芝は、何の会社になるのか。

 中期経営計画「東芝ネクストプラン」を発表した昨年11月8日、車谷暢昭会長は「世界有数のCPSテクノロジー企業を目指す」と宣言したが、聞いていた記者は一様に下を向いてしまった。

 CPSとは「サイバー・フィジカル・システム」の頭文字で、AI(人工知能)などのサイバー技術とロボットなどのフィジカル技術を組み合わせたものらしいが、「AI・デジタルソリューション」だの「エッジリッチ・デバイス」だの「デジタルトランスフォーメーション」だの、車谷会長が意味不明の造語を並べるたびに会見場は白けていった(復活賭ける新生「東芝」豪華記者会見の「寒々しさ」 2018年11月9日)。

 唯一理解できたのは、「2018年度600億円、19年度1400億円、21年度2400億円」の営業利益目標である。「これから3年かけて、10年以上前に出した営業損益の最高記録(2381億円)を上回ります」というのだから野心的でも何でもないが、最高益を更新すれば一応は「復活」と言えるだろう。

 しかし、2月13日に発表した2018年度の業績予想は、営業損益が、11月8日時点の目標600億円から400億円も少ない200億円に下方修正された。原因は、グループの半導体装置メーカー「ニューフレアテクノロジー」の「のれん減損」(178億円)と、送変電・配電部門の大型案件における追加コストの引き当て(170億円)である。

 決算を説明した平田政善代表執行役専務は、2つの減益要因を「一過性のもの」と説明し、ニューフレアの減損については「交通事故のようなもの」と表現した。

 粉飾決算疑惑で決算発表が遅れに遅れた2015年9月の決算発表では、当時の財務部長が、「原子力事業は、米国での原発建設プロジェクトの減損なかりせば増益です」「電子デバイス部門も、減損処理がなかりせば、営業増益でありました」とやって、記者の度肝を抜いた。

 減損処理を先送りすることで利益を水増した会計操作が「粉飾」と糾弾されていたのに、逆に「なかりせば増益」と胸を張ったのである。

 私は、彼をルール無用の東芝の会計処理の象徴と見て、当時活動していたメディアで「アグレッシブ部長」と名付けた。アグレッシブも度を越し履き違えると、単なる「無為無策」でしかない。そのせいかどうかは分からないが、以来、決算発表の記者会見からアグレッシブ部長の姿が消え、ソツのない平田氏が決算説明を引き受けるようになった。

 粉飾決算、ウエスチングハウスの経営破綻、東芝の債務超過転落と修羅場をくぐってきた平田氏は、余分なコメントを一切挟まず、淡々と決算を説明する。だが原発・半導体の「両翼」を失った東芝にとって最重要の事業部門であるエネルギーシステムソリューション(電力事業部門)のコスト増を「一過性」、ニューフレアの減損を「交通事故」と表現するあたりは、「なかりせば」と考え方は同じである。

V字回復も時すでに遅し

 債務超過で経営破綻寸前まで追い込まれた東芝は、うるさ型のファンドから6000億円をかき集めた増資と、2兆円のメモリ事業売却でとりあえず九死に一生を得た。

 だが、起死回生を狙った再生計画は、発表からわずか3カ月後に営業損益の見通しが400億円も下振れた。もはや経営になっていないと見るべきだろう。

 うるさ型の海外ファンドは、車谷会長の取締役不信任をちらつかせて、東芝に自社株買いを促した。車谷会長に抗う術はなく、東芝は7000億円を上限とする自社株買いを決めた。虎の子のフラッシュメモリー事業を売却して得た資金の3分の1は、強引な増資に付き合ってくれたファンドの懐に転がり込むことになった。

 ファンドはこれからも「事業や資産を売って株価を上げろ」と要求してくるだろう。これからしばらく、東芝は玉ねぎの皮を剥くように1枚、また1枚と事業や資産を売却していき、最後は消滅してしまう。その前に「売るものがなくなった」と判断した時点で市場は一斉に売り浴びせ、東芝の株価はクラッシュする。

 消滅を避けるには、電光石火のリストラでV字回復を演出し、手にした資金を成長部門に振り向けるしかないが、すでにその時期は逸した感がある。新たな投資先が「CPSテクノロジー」では救えるものも救えない。車谷会長率いる現経営陣に東芝再生を望むのは、もはやどう考えても酷である。

 

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執筆者プロフィール
大西康之(おおにしやすゆき) 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に『GAFAMvs.中国Big4 デジタルキングダムを制するのは誰か?』(文藝春秋)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)、『東芝解体 電機メーカーが消える日』 (講談社現代新書)、『稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生』(日本経済新聞社)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮文庫) 、『流山がすごい』(新潮新書)などがある。
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