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Bookworm (83)

小川 哲『嘘と正典』

評者:大森 望(翻訳家・評論家)

2019年11月24日
タグ: アメリカ 日本
エリア: アジア

SFと非SFの境界線上を軽やかに綱渡りする新星の短篇集

おがわ・さとし 1986年生まれ。2015年「ユートロニカのこちら側」でハヤカワSFコンテストの大賞受賞。17年『ゲームの王国』で日本SF大賞、山本周五郎賞を受賞。

 長篇『ゲームの王国』で日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞し、エンタメ界の最前線に躍り出た新鋭・小川哲。本書はその彼の、待望の第1短篇集。全6篇のうち4篇は〈SFマガジン〉が初出だが、SF作品集というわけではない。SFジャンルの先行作を強く意識しながらも、SFと非SFの境界線上を軽やかに綱渡りする短篇が中心になる。
 巻頭の「魔術師」はその典型。小説は、希代のマジシャンだった父・竹村理道の経歴を息子が語るかたちで進んでゆく。最初に紹介されるのはサーストンの三原則。すなわち、「マジックを演じる前に、説明してはいけない」「同じマジックを繰り返してはならない」「タネ明かしをしてはならない」。理道はこの禁忌を破り、畢生の“タイムトラベル”マジックを実演する。この三原則破りが小説自体にも重なるのがミソ。著者は小説の展開を説明し、“僕”の姉に父親のマジックを再演させ(後続の短篇でも、同様の物語を繰り返し)、小説のタネを明かす。にもかかわらず観客/読者を鮮やかに騙し、あっと言わせる――そんな離れ業が可能なのか。この短篇は全文がネット上で無料公開されているので、小川哲の実力に懐疑的な人は、まずこれで確かめてみてください。
 この「魔術師」は、クリストファー・プリーストの傑作『奇術師』へのオマージュという印象が強いが、驚いたのは次の「ひとすじの光」。なんとこれは、実在のダービー馬スペシャルウィークの血統を遡りつつ、死んだ父がなぜ自分に1頭の競走馬(12戦未勝利の5歳牝馬)を遺したのかという謎の解明を通じて息子が父を理解してゆく、かつてない虚実皮膜の競馬小説なのである。
 4話目の音楽小説「ムジカ・ムンダーナ」でも、同じ構造が反復される。こちらの“僕”は、名の知れた作曲家だった父親にピアノのスパルタ教育を施された挙げ句、ピアノを捨てて決裂した過去を持つ。その父が遺した1本のカセットテープには、知らないオーケストラ曲が収められていた。その謎を解くため、“僕”はかつて父が滞在したフィリピンのある島へ飛ぶ。そこでは、500人ほどの島民が音楽を通貨とし、財産として暮らしているのだという……。
 書き下ろしの表題作は、スパイ小説の設定を使った歴史改変SFの力作だが、私見では、父と息子の関係を語る上記3作こそ本書の本筋。SFの道具を使わずにSF的な感動を実現する小川マジックが堪能できる。SFが苦手な人こそ、ぜひ。

カテゴリ: カルチャー
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