「平和構築」最前線を考える
「平和構築」最前線を考える (23)

バイデン政権は民主主義の退潮を押し戻せるか

民主主義陣営の盟主として振る舞おうとするバイデン大統領(左)とブリンケン国務長官(右)。しかし複雑怪奇な中東やアフリカにどう対応していくのか (C)AFP=時事

 

 バイデン政権が成立してから、1カ月以上がたった。

 その1つの特徴として、ジョー・バイデン大統領のこれまでの発言で、民主主義国と権威主義国の対立が進んでいるという世界観が強調されているということがある。「アメリカは戻った(America is back)」という頻繁に用いられているフレーズにも、アメリカが民主主義国の盟主としての地位に戻った、という含意を強調したい意図があるようだ。

こうした 背景があるため、政策検討の過程においても、民主主義陣営の盟主としてのアメリカの地位を取り戻す意図が見え隠れする。

 そのため、人権侵害に関する問題などに積極的に取り組もうとする傾向が見えてきている。ミャンマーで発生した軍事クーデターに対しては、いち早く強く非難し、軍幹部に対する標的制裁を打ち出した。

 アメリカのミャンマーに対する影響力は大きくはないし、軍事介入のような行動に出る可能性は皆無だろう。それでも進展していた民主化の流れに逆行する軍事クーデターに対する対応は、バイデン政権の民主主義への姿勢が問われる最初の試金石となる。バイデン大統領は、民主主義陣営の盟主としてのアメリカの地位を守るべく、積極的に明快な対応を出そうとしている。

 だがある意味でミャンマー問題は明快な図式で理解できる問題だ。解決は困難だとしても、どちらが民主主義勢力で、どちらがそうではないかは、明瞭である。

 これに対して世界の数多くの問題は、民主主義と権威主義の対立、という二項対立的な世界観だけでは図式化できない性格を持っている。世界の多種多様な問題に、1つの大きな物語の図式だけで対応していくことは、必ずしも簡単ではない。

 特に紛争やテロが頻発する中東やアフリカにおいて、バイデン政権がどのような体系性を持った外交政策を進めていくのかは、未知数だ。

劇的に悪化した対サウジ関係

 バイデン政権内部で作成された報告書の1つで2月に注目を集めたのが、サウジアラビア総領事館内で起こったジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺害事件に関する報告書だ。

 司法手段を経ない処刑の問題に関する国連特別報告者のアグネス・カラマード氏は即座に報告書を歓迎し、米国はサウジアラビアに制裁を加えるべきだ、とまで述べた。国連特別報告者としては、異例の米国への要請だといえるが、世界のリベラル層のバイデン政権への強い期待を物語っているともいえる。

 すでにバイデン政権は、イエメンにおける戦争を終結させるための努力を払うことを強調しており、戦闘に加担している当事者には武器供与を行わない方針を明示している。

 このバイデン政権の対応によって大きな影響を被るのが、サウジアラビアだ。サウジは、イランを後ろ盾としてイエメン北部を支配地域とするフーシー派に対して、繰り返し航空兵力による攻撃を仕掛けている。

 バイデン政権の方針は具体的には、議会が求めていながらドナルド・トランプ前大統領の拒否権で実現しなかった、サウジアラビアに対する武器供与の停止を実行することを意味する。これは確かに、イランを徹底的に敵対視し、代わりにサウジアラビアとイスラエルとの関係を重視し続けたトランプ政権の中東政策からの大きな転換となる。

 カショギ氏殺害事件に関する報告書の内容に対して、サウジアラビア政府は激しく反発した。報告書が、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の関与を強く示唆したからである。サウジアラビアとアメリカの関係は、バイデン大統領の就任1カ月余りの間に、劇的に悪化したと言える。これは、人権侵害の度合いが高いサウジアラビアとは、友好関係の維持を重視しないというバイデン政権側の態度によって引き起こされた事態だ。

 バイデン政権側には、アメリカは民主主義諸国との多国間主義には回帰したが、そうだとすれば権威主義体制に対してはむしろ毅然とした態度をとらなければならない、という考え方があるようだ。

 バイデン政権は、イスラエルのネタニヤフ政権に対しても冷淡な態度をとっている。その背景には、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の強権的な姿勢から距離を置こうとする考え方があるだろう。

 こうなると、もはやアメリカは中東に同盟国と呼べるような国を全く持たないことになる。もちろんその背景には、アメリカはもう中東のエネルギーに依存しておらず、そもそも中東情勢に深く関わる必要性を持っていない、という状況認識もあるだろう。そこでバイデン政権が中東で追求する政策課題は、数百万人が飢餓の危機にさらされているイエメンにおける、戦争の終結というものになってきている。

模索が続く対エチオピア政策

 注目を集めたもう1つの報告書は、エチオピアのティグレ州をめぐるものだ。2月26日、『ニューヨーク・タイムズ』が、2月上旬に作成されていた米国政府内の報告書の内容を扱う記事を公表した。

 同紙によれば、その報告書は、エチオピア北部のティグレ州において、主要な紛争の後に組織的な「民族浄化(ethnic cleansing)」が行われたと指摘していたという。そしてティグレ州西部に、エチオピア連邦軍を支援する目的で入った隣接州のアムハラ州の兵士が、農村部の住民に対する組織的な攻撃を行った、と断定したという。

 ティグレ州における蛮行に関する報告書は、国際人権NGO(非政府組織)「アムネスティ・インターナショナル」からも出された。

 2月26日に公刊された報告書の内容は、古代キリスト教の遺跡が世界遺産登録されていることでも知られるティグレ州中部のアクスムにおいて、エチオピア連邦軍を支援するために入り込んでいたエリトリア軍(公式にはエリトリア軍の越境行動は同国政府によって否定されている)が、非武装の市民を殺戮したというものである。

 それまでエチオピア政府はティグレ州における戦争犯罪行為を否定し続けていたが、「アムネスティ・インターナショナル」報告書に対しては、国際調査団と協力する準備がある、という声明を出した。

 現在、ティグレ州内における国際機関の活動等には大きな制約がかかっているものの、スーダンに流出した難民たちからの聞き取りなどは行われている。またSNS上では動画・画像を伴う告発が多数なされている。甚大な人権侵害行為が行われていたことはほぼ確実と言えるだろう。

 エチオピア政府は、国際人道援助機関によるティグレ州での活動を保障する、という立場を表明しているが、国連は同州の20%にしかアクセスできていないと主張している。

 アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は、2月27日付のエチオピア政府に宛てた書簡において、ティグレ州における深刻な人権侵害の状況に懸念を示した。そして人道機関のティグレ州への無制約のアクセスと、人権侵害行為に関する国際的な調査の重要性を強調した。さらに当事者たちが存在を否定しているティグレ州内のエリトリア軍や、アムハラ州軍に対して、即時撤退を求めた。

「フォーサイト」で何度か関連したことを書いてきたが、エチオピアはアフリカの大国であり、アビー政権の成立は欧米諸国が歓迎した出来事だった。世界中で民主主義が退潮気味であると考えるならば、むしろアビー政権の民主化政策は後押しすべき対象だ。ティグレ州を根城にしていた「ティグレ人民解放戦線」(TPLF)を擁護すべき被害者集団とみなすことはできない(拙稿『「エチオピア政府」の軍事作戦は何をもたらすのか』2020年11月12日)。

 またティグレ州における国際人道法違反が問われる残虐行為も、公にすることなく介入したエリトリア軍や、隣接州(で対立する民族問題を抱える)のアムハラ州の武装勢力によるものが数多く告発されており、必ずしもエチオピア連邦軍が糾弾されているわけではない。

 ただし、少なくとも地域政治及び国内政治の事情のために、アビー政権が表立ってエリトリア政府やアムハラ州政府を糾弾することができず、事態が複雑になっていることは確かだろう。TPLFという国内不穏政治勢力の除去にほぼ成功したアビー政権だが、代わって鎮圧作戦に相乗りしてきたエリトリアとエチオピア最大民族集団の1つであるアムハラ系の人々との間に、繊細な問題を抱えることになった。

人権重視のネックとなる「ティグレ問題」

 エリトリアとエチオピアとの間には、分離独立戦争の終結以降も長期にわたって国境紛争があった。これを解決したという理由で、アビー・アハメド首相はノーベル平和賞を受賞した。

 ところが国境地帯に位置していたティグレ州のTPLFを置き去りにする形で、エチオピア連邦政府とエリトリアの独裁者イサイアス・アフェウェルキ大統領の間で合意をまとめたことは、実はむしろ昨年末のティグレをめぐる武力紛争の温床となった。

 TPLF勢力の奇襲から始まった昨年末の武力紛争において、エリトリアの協力は、エチオピア連邦軍にとって大きな意味を持った。その後にイサイアス大統領が、自らに対する反対勢力や逃亡者たちの受け入れ口となってきていたティグレ州で、現地の人々に対する悪行を働いたとしても、エチオピア連邦政府としては、単純にエリトリアを非難するという行動はとりにくい。

 アビー首相は、エチオピア最大の民族集団であるオロモの出身だが、第二勢力がアムハラである。複雑な民族構成を持つエチオピアだが、オロモとアムハラの両民族で人口の半数以上となる。アビー首相としては、アムハラ系の政治勢力との協力関係は、国内政治運営において必須の要所である。アムハラ州において、ティグレ人たちが蛮行を働いた事件も多々ある。アビー首相としては、一方的にアムハラ州を孤立させるような政策はとれない。

 アメリカのような外部勢力も、こうした情勢を見極めながら、関係構築に努めていく必要がある。2月19日には、大エチオピア・ルネサンス・ダム(GERD)問題で譲歩するまでエチオピアに対する援助を凍結する、というトランプ政権の方針を、バイデン政権としては撤回する、という発表を行っていた。エチオピア政府が、比較的冷静にバイデン政権のティグレ州をめぐる発言に対応してきているのも、こうした動きがあったからでもあるだろう。

 ティグレ州からの難民のスーダンへの流出は、スーダンとエチオピアの国境紛争の勃発へと飛び火した。GERDは、アムハラ州と隣接し、スーダンとの国境を持つベニシャングル・グムズ州に位置する。ここではGERD問題でエチオピアと対立するエジプト政府が、反政府武装勢力に対して支援を与えているという観測が絶えない。

 スーダンは比較的中立的な立場と見られていたが、親イスラエルのトランプ政権は、エジプト寄りで、エチオピアに圧力をかけながら、スーダンをエジプトに引き寄せるような態度を見せていた。バイデン政権は、そこは是正に動くだろう。しかしティグレ問題では、人権重視の立場から、エチオピア政府にも批判的な目を向けざるを得ない。

 バイデン政権は、情勢をよく分析しながら、慎重な対応方法を模索しているという印象だ。だが民主主義・人権重視の原則と、複雑な地域情勢の中で、まだ明確な方針は確立できていない。

「バイデン大統領は黒人票重視なので、アフリカにも関心を持つだろう」といった観測が巷では多いが、そのような根拠不明な表層的な憶測だけで、アフリカへの関与が成功を約束されるわけではない。バイデン大統領の総花的で聞こえの良い言葉が羅列された後に何が展開していくのか、期待と不安が交錯する。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
篠田英朗 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
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