「平和構築」最前線を考える (48)

「プーチンの地政学」が作り出す「国際化された内戦」ーーロシア・ウクライナ戦争と現代世界の紛争の構図

執筆者:篠田英朗 2023年4月4日
エリア: 北米 ヨーロッパ
現在のロシアの行動は、第二次世界大戦時に「生存圏」を標榜して拡張主義的政策をとったナチス・ドイツの行動と同じように、「圏域」思想を重視する世界観に基づいている[一方的に「併合」を宣言したウクライナ東部ドネツク州の要衝、マリウポリを訪問したプーチン氏=2023年3月19日]](C)AFP=時事/Russian Presidential Press Office
ロシア・ウクライナ戦争は主権国家間戦争であり、現代においては例外的――こうした理解は十分とは言えない。多数の小国を含む主権国家群によって地政学的「勢力圏」が分断されたと見るロシアは、他国の「内戦」を作り出し介入する、「国際化」の論理を働かせてきた。ウクライナもまた、その例外ではない。ウクライナの人々がいま戦っているのは、「国際的な内戦」を、その帰結において、完全に「ウクライナ完全独立戦争」にする戦いだと言えるだろう。

 ロシア・ウクライナ戦争はしばしば、例外的な戦争だ、と言われている。だが、果たして本当にそうだろうか。

「ヨーロッパにおける主権国家間の戦争だから」というのが、「例外性」の理由とされることが多い。だがそれが、果たして本当に簡単にわかった気になれる理由なのかどうか、疑問の余地があるのではないか。

 本稿では、あらためてロシア・ウクライナ戦争という現在進行形の戦争を、どのように理論的な視座から理解するか、という問いを立ててみる。そして、それによって、現代世界の武力紛争の構図を捉え直していくための視座を示す。

現代国際政治の対立構造

 3月21日の岸田文雄首相のウクライナ訪問は、中国の習近平国家主席のロシア訪問と時期が重なった。現在の世界情勢を象徴している対比だ、と話題を呼んだ。現代世界が二つに分断されている状況を反映した出来事だった、とみなされたのである。

 岸田首相とウォロディミル・ゼレンスキー大統領の共同声明では、ロシアのウクライナ侵略が「法の支配に基づく国際秩序」を根底から掘り崩し、「国連憲章にうたう基本原則」を深刻に侵害し、さらには「欧州大西洋地域のみならずインド太平洋地域及びそれ以外の地域における安全、平和及び安定に対する直接的な脅威」となっているという認識が表明された。

 習近平・プーチン会談では、中・露関係の重要性が強調されたことに加えて、国連憲章を基礎とする国際関係の基本原則の堅持と合わせて、「上海協力機構(SCO)やBRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)協力メカニズム、主要20カ国・地域(G20)など国際的な多国間枠組みにおける協力」の強化が謳われ、「真の多国間主義」を実践し、「多極化した世界構造」を構築することなどが表明された。

 日本は、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を推進するにあたって、アメリカやその同盟国とのネットワークを重視する姿勢を隠していない。つまり自らも加わるG7というフォーラムの活用であり、あるいは北大西洋条約機構(NATO)と日本を含めた非NATO加盟友好諸国との連携の強化を目指している。

 中国は「一帯一路」を推進し、その影響力の拡大を図っているが、その際にFOIP、NATO、G7を形成している諸国はおおむね回避している。中国が重視するのは、SCOやBRICS、あるいはG20に加入している非G7諸国との連携である。

 この二つの大きな流れは、ジョー・バイデン米大統領によって「民主主義諸国vs.権威主義諸国」の対峙として描写されている現状認識と、基本的には一致する。世界にアメリカと中国の二つの超大国があり、両者が世界的規模の競争または対立関係に入った、という認識は、広く共有されている。

 この状況を、「新冷戦時代」といった表現で描写しようとする論者も多い。ただし、それはどこか落ち着かない表現だ。たとえば、バイデン大統領のドクトリンは、冷戦時代のトルーマン・ドクトリンほどには流通していない。その理由は、イデオロギー対立の構図の不鮮明さにある。

 権威主義体制の指導者たちは、西洋諸国の自由主義を奔放なものとみなし、しかもそうであるがゆえに文化帝国主義として浸透してくると捉えているようである。そして、集団主義的な秩序を重んじる政治思想に重きを置く傾向を持っている。ただ、それを体系的なイデオロギーとして表現するよりも、反西洋主義あるいは反グローバル主義といった言い方で表現することを好んでいるようだ。

 冷戦時代には、共産主義者とは“共産主義が資本主義に優越するイデオロギーである”と信じている者たちのことであった。自由主義陣営も、共産主義に対するイデオロギー的な卓越性を競おうとしていた。ところが、現在「権威主義諸国」とされている諸国の指導者が、「権威主義は民主主義より素晴らしい」といったイデオロギーを持っている形跡はない。権威主義諸国の指導者たちは、西洋的な自由民主主義が標準モデルではない、といった主張をすることをむしろ好んでいる。

「グローバル・サウス」という概念が、日本でも人口に膾炙し始めているが、必ずしも実体性のある見方ではなく、中国やロシアが「グローバル・サウス」を一体のものとみなしたうえで、その盟主になろうとしているという理解は、間違いではないが一方的すぎる。実際に強調されているのは、普遍主義の思想あるいはアメリカのグローバルな覇権に対抗するものとしての「真の多国間主義」あるいは「多極化した世界構造」である。

 バイデン大統領が「民主主義諸国vs.権威主義諸国」と呼んでいるものは、普遍主義と反普遍主義の対立としての性格を持っている。現在の世界の分断は、二つのイデオロギー体系の間の争いというよりも、普遍主義とその対抗勢力との間の争いによって生まれたものと描写することができる。冷戦終焉後に自由民主主義を基盤にした普遍主義が広がった後の揺り戻しの時代が、今である。そこで反普遍主義の陣営は、「多元主義・多極構造」をイデオロギー的に標榜している。世界の対立構造も、そのことを念頭に置きながら、分析してみる必要がある。……

この記事だけをYahoo!ニュースで読む>>
カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top