
昨年秋の第20回党大会を経て、中国の対外姿勢に一定の調整がなされたように見受けられた(昨年12月の拙稿参照)。この調整は現在、中国がかかえる喫緊の課題が経済の立て直しにあることから来る。中国経済は二重苦、三重苦の中にある。経済が上手くいかなければ共産党の統治はすぐに動揺する。対米関係の悪化は、台湾問題を通じて中国の安全に直接の脅威を与えるのみならず、グローバル経済の分断をもたらし、中国経済にとって大きな不安定要因となりかねない。バイデン政権となり、中国は米国の全面的な中国押さえ込みが長期間続くと最終的に判断した。米国との「持久戦」を覚悟したのだ。
1938年に毛沢東は『持久戦を論ず』を書き、日本との長期戦に備えた。久方ぶりにこの一文を読み直して、毛沢東の戦略が現在の中国指導部の思考に大きな影響を与えていることが理解できた。毛沢東は、日中の持久戦は3つの段階を経ると予測した。第1段階は日本の戦略的侵攻、中国の戦略的防御、第2段階は日本の戦略的守り(保守)、中国の反攻準備、第3段階は中国の戦略的反攻、日本の戦略的退却の時期となる。
これを現在の米中関係に引き直せば、中国は恐らく第1段階の終わりか第2段階の初めという感じで見ていることだろう。中国指導部は、時間は中国に有利だと確信しており、時間を稼ぎながら、中国に有利な状況を拡大し、不利な状況を縮小する作戦に入ったということだ。こういう大きな戦略判断の下に、昨秋の党大会を契機に対米関係を中心とする対外関係を調整した。調整の1つの側面が、昨年11月の東南アジアにおける習近平の「微笑外交」への転換であった。
気球の「撃墜」でメンツを失う
その11月に行われたバイデン・習近平会談において、果たせるかな、米中の対話路線が打ち出された。そして本年2月初め、両国政府が対話の準備を始めた矢先に、中国の気球問題が降ってわいたように起こった。中国は事態を沈静化させようとし、「不可抗力により誤って米国に入ったことに遺憾の意」を表し、中国式に謝罪した。にもかかわらず、米国は内政を重視し、アントニー・ブリンケン国務長官の訪中を延期し、しかも気球を派手に打ち落としてしまった。
中国はメンツを失った。安全保障上の懸念云々の話も、真にそうならば米国はずーっと前、気球がアラスカ州側の領空に入った直後に撃墜しておくべきだった。米国は内政を重視した結果、外交を毀損したのだ。
内政重視の米国の対中外交はその後も続く。2月17日に始まったミュンヘン安全保障会議でも、ブリンケン長官はプレス向けに中国のロシアに対する武器供与を強く警告した。外交的に言えば、自分がいかに厳しく中国に対応したかを外に向かってプレイアップするのは良くない。プレスには出さずに、王毅中央外事工作委員会弁公室主任に対し、直接、中国が武器供与をすれば米国の厳しい措置が待っていることを明確に伝える方が効果は何倍も大きい。
メンツを潰された中国指導部は、米国とすぐに対話路線を復活できる気分でもないし、内政でもない。米国は、ジョー・バイデン大統領と習近平主席の電話会談、ジャネット・イエレン財務長官とジーナ・レモンド商務長官の中国訪問を中国側と協議しているようだが、米国との対話再開には、もう少し時間がかかるだろう。
「対ロ」と「対米」は裏腹の関係
だが、大きな構図は、時間を稼ぐために米国との関係悪化を防ぎ安定させる、というものであり、いずれ応じて来る。……

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