「サルコジ有罪」は「マクロン再選」に吉か凶か

執筆者:広岡裕児 2021年3月18日
エリア: ヨーロッパ
実刑判決後、フランスのTVインタビューに応じるサルコジ元大統領。その権威は失墜した (C)AFP=時事

 

「元大統領の犯罪」に、厳しい判決が下った――サルコジ元仏大統領が、汚職その他の罪で実刑判決をうけたのだ。これが、来年行われる大統領選挙にどのようなインパクトを与えるのか。そして、近年親しかったとされるマクロン大統領に及ぼす影響は?

 3月1日、パリの裁判所でニコラ・サルコジ元仏大統領が、汚職と影響力の行使で禁錮3年(うち実刑1年)の有罪判決をうけた。

 1958年に第五共和国が成立して以来、元大統領への実刑判決は初めてである。ジャック・シラク元大統領が、パリ市長時代の職員架空雇用で禁錮2年の有罪判決を受けたことがあったが、執行猶予付きであった。

 容疑は、破毀院(最高裁判所)のジルベール・アジベール元判事に対し、モナコでのポストを斡旋することと引き換えに、サルコジ氏が容疑者・被告になっている予審や裁判の情報提供や、担当判事に圧力をかけたりすることを求めた、というものである。

 サルコジ氏の弁護士ティエリー・エルツォグ氏と収賄側のアジベール元判事にも、同様の判決が言い渡された。3名ともすぐに控訴した。

 この事件は、「盗聴」事件と呼ばれる。検察の通信傍受によってたまたま見つかったからである。

盗聴で明らかになった「大統領の犯罪」

 サルコジ元大統領は2012年、再選を果たせず不逮捕特権を失った。すると2007年の大統領選での、リビアのムアンマル・カダフィ大佐の家族からの違法な選挙資金提供など数々の疑惑が噴出した。それらの捜査の一環として通信傍受が行われ、その会話内容から上記の事件が発覚したのである。

 もっともサルコジ氏側でも警戒はしていたようで、エルツォグ弁護士との間で使用していた電話は架空の「ポール・ビスムス」名義であった。なお、その電話がサルコジ氏のものだとなぜ、どういうルートで漏れたのかはわかっていない。

 サルコジ氏は、3月3日付『フィガロ』紙でのインタビューで、

「野党のリーダーを7カ月間もスパイして、その会話の内容が報道機関に流れる民主主義がどこにあるのだ。もしこれがプーチン氏のロシアだったら、人権活動家は酷いと叫ぶだろう」

 と反発。さらに、

「びた一文動いていない、誰も利益を得ていない、犠牲者も公秩序の紊乱もない。文脈を無視してつぎはぎされた電話の会話の切れ端によって、あたかも犯罪を行う意図があったかのようにされてしまった」

 と、司法による捏造さえ匂わせている。

 たしかにアジベール元判事が同僚裁判官や予審判事に接触した形跡はあるが、圧力をかけたという直接的な証拠はなく、金品収受もなかった。そして、サルコジ氏が斡旋するはずだったモナコのポストにもつかなかった。

 だが、判決では結果の如何にかかわらず、利益を得ようとしたことや影響力を行使しようとしたこと自体が犯罪を構成する、とした。

 あらためて有罪の根拠となった法文を読んでみるとその通りで、職務に関する便宜を求めるという行為だけが問題とされ、結果には触れられていない。また「賄賂」には金品だけではなく、無形の優遇や約束も含まれる。

 判決はさらに、大統領という地位の重さを強調した。

「司法の独立を保証する者であるべき元共和国大統領によって行われたもので、特に重大である」

「(サルコジ氏は)元共和国大統領としての地位と、在任中に築いた政治的および外交的関係を利用して、彼の個人的な利益に貢献した判事に報いようとした。そのような態度は、市民の司法への信頼を深刻に害する。この逸脱は、法の支配と法の安定を著しく損なうものであり、確固たる刑事対応が必要である」

エリートに斬り込んだ「国家金融検察局」

 判決に対してサルコジ氏の属する共和党のクリスチャン・ジャコブ党首は、

「刑の厳しさは途方もないものであり、すでに非常に批判されているある機関による司法をつかった執拗な攻撃である」

 として、サルコジへの「揺るぎない支持」を表明した。

 ジャコブ党首のいう「ある機関」とは、元大統領の犯罪を追及した「国家金融検察局(PNF)」である。サルコジ氏が大統領だったときの首相フランソワ・フィヨン氏が、昨年、妻や子供を議員秘書などに架空雇用していたとして禁錮5年(うち2年実刑)の判決を受けたが、これも国家金融検察局の追及によるものだった。

 国家金融検察局は2014年に発足した、複雑な経済犯罪を担当するための特別検察局である。東京五輪誘致を巡る疑惑で竹田恆和前JOC(日本オリンピック委員会)会長が事情聴取されたところでもある。

 もともとシャルル・ドゴール支持で、いまでも右派に近い『フィガロ』紙は、判決を報じる3月2日付の紙面で批判の論陣を張ったが、とくに国家金融検察局を「パラノイア」と「復讐への執着」で「執拗で無謀な司法キャンペーン」をしている、と非難した。

 エリート支配のフランスでは、政界の疑惑は日常茶飯事であった。上下関係にもとづく日本の忖度とは異なるが、政治家・官僚・民間企業幹部がいずれも同じエリート校の仲間であるため、犯罪告発が難しい“以心伝心”が横行していた。

 ドゴール大統領以来右派政権が続いていたこともあって、この傾向は右派に多くみられていたが、左派も同様で、1993年にはフランソワ・ミッテラン大統領のもとで首相を務めたピエール・ベレゴヴォワ氏が、辞任直後に自殺する事件までおきている。ベレゴヴォワ氏は在任当時、汚職対策を政権の目玉政策にあげており、画期的な「汚職防止と経済活動と公共手続における透明性に関する法」がつくられたというのも皮肉なことだった。

 国家金融検察局創設の契機になったのも、ジェローム・カユザック元予算相(社会党)の隠し口座脱税事件であった。

 おりしもグローバリゼーションと新自由主義、ファイナンス経済の発達により、冷戦時代の「左」「右」対決の図式から「上(富裕層・エリート)」と「下(民衆)」の対立へと時代が変化してきていた。エリート支配が批判にさらされ、年を追うごとに政治家に対する目は厳しくなった。そうした流れの中で、法律の改正や国家金融検察局のような機関が創設されてきたのである。

茫然自失の右派陣営

 こうして、従来犯罪にできなかった事案にも踏み込めるようになったが、それでもサルコジ氏への判決後の世論調査(Ifop-JDD)では、62%が「司法において政治家は一般人よりも緩い」とみている。

 前述の3月2日付『フィガロ』紙の1面大見出しは「茫然自失と論争」であった。「茫然自失」したのは右派陣営である。

 サルコジ氏は、2012年の大統領選で落選した後は政界を離れていたが、2014年に旧与党(国民運動連合=UMP)の党首に返り咲いた。翌15年に共和党(LR、直訳は共和主義者)に改称し、2016年、大統領選にむけた党内予備選挙に立候補したが落選して党首も辞任。ところが2017年の大統領選での立ち回りで、復活の機会をつかんだ。

 この時、フィヨン元首相が共和党の大統領候補になっていた。支持率調査ではエマニュエル・マクロン氏を上回っていのだが、架空雇用疑惑が報じられて予審が開始されたために失速。人気の高かったシラク大統領時代の首相アラン・ジュペ氏と候補を交代すべきだ、という声が大きくなった。

 投票まで2カ月を切った3月4日土曜日、サルコジ氏がジュペ氏を説得。翌週には候補者交代の記者会見をするはずだった。

 ところが翌5日、パリのトロカデロ広場で5万人規模のフィヨン氏支持の集会がおこなわれ、演壇のフィヨン氏の後ろにはサルコジ派の政治家がずらりと並んだのだ。ジュペ氏は「謀られた!」と地団駄を踏み、会見は中止された。

 こうしてサルコジ氏は、梯子を外してジュペ氏の道を完全に断ち、右派のキングメーカーの地位を確立したのだった。

 一方、“従来の政治を壊す”というマクロン氏の当選後、サルコジ支配を嫌う共和党の次世代リーダーが、誘いに乗って次々とマクロン与党の「共和党前進」に鞍替えし、彼らの中にはマクロン政権の閣僚に就任した人もいる。

支持率低迷「マクロン」への影響は

 来年4月と5月(2回投票制)、大統領選挙がおこなわれる。

 求心力のある政治家がいなくなった共和党では、支持者の間でサルコジ氏再出馬待望論が膨らんできており、本人も乗り気になってきていた。だが、「盗聴」事件での有罪はその希望を砕いてしまった。先の世論調査でも78%が、この判決はサルコジ氏出馬の障害になると答えており、共和党の支持者に限っても72%にのぼっている。もちろん控訴しており判決が確定したわけではないが、政治的にはもはや復権は不可能である。

 共和党自体にとっても、最有力とされる現職のマクロン氏、極右「国民連合(RN)」党首のマリーヌ・ルペン氏の人気が落ちている中に割って入ろうとしていた矢先、シラク、フィヨン、サルコジという「腐敗」のイメージが積み重なってしまったダメージは大きい。

 一方、再選をめざすマクロン大統領にとっては、本来ならばライバル勢力の弱体化で有利になるはずなのだが、ことはそう簡単ではない。

 前述した「上」と「下」の対立という状況では、「下」の票を取り込まなければ再選はおぼつかないのだが、「上」の象徴ともいえるサルコジ氏と距離を置かなければ「下」の票が逃げることになる。ところが「共和国前進」の共和党出身者は、右派の司法批判に同調するコメントを出しているのだ。

 そもそも「共和党前進」には、「左」「右」の勢力を切り崩してきたという経緯がある。それゆえ党内には、国家金融検察局と裁判所が司法の独立を守ったとして支持する勢力も根強い。

 ただ彼らにとっては、ここ2年のマクロン大統領自身のサルコジ氏への急接近が悩みの種だった。一昨年の天皇陛下の即位の礼には、名代としてサルコジ氏を送った。新型コロナ禍でも、大統領官邸に何度も呼んで、食事をともにしながらアドバイスをうけている。判決後も、直接サルコジ氏に電話をかけたという。どうも、打算ではなく個人的にサルコジ氏と気が合うようで、先輩として尊敬もしているらしい。

 しかしマクロン大統領は、ただでさえ「金持ちの味方」「高慢」と評価されて支持を下げている。そんなところに「ド派手」「不遜」で嫌われて落選した元大統領への接近は、明らかに票を減らすことになる。しかし大統領に、“サルコジ氏との親交を断て”とは誰も進言できなかった。

 だが今回の有罪判決で、マクロン大統領はサルコジ離れをせざるをえなくなった。これで「下」のマクロン離れを食い止めることができ、マクロン再選にとって好材料となる、という見方も出てきているのである。

 

カテゴリ: 政治 社会
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執筆者プロフィール
広岡裕児 1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。
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