習近平の「未来理想像」を映す建党100周年祝賀「京劇」が選出

執筆者:樋泉克夫 2021年4月13日
エリア: アジア
「奇襲白虎団」の中朝両軍団結勝利のシーン 『様板戯史記』(師永剛・張凡 作家出版社 2009年)より筆者提供
家族を捨て武漢に向かう医師を描いた新作も。文革時代に洗脳・教育の柱となった京劇が、いままた浮かび上がらせる「正しい党史観」としての毛沢東思想。

 

 毛沢東以来の歴代中国共産党政権は、国慶節など国を挙げての祝賀行事や記念行事、さらには国際会議などに際し、それに相応しい内容の京劇を公演し、内外に政治的メッセージを発信してきた。

 この宣伝手法をより積極的に踏襲する習近平政権は、今年7月の共産党建党100周年に向けて、5000本を優に超える京劇演目の中から推奨作品を選び出した。

『中國京劇』(2020年12月号)によれば、中国政府(文化和旅游部)は2020年10月30日に新作、古典、小品のうちから各々100本を選び、「重点推奨作品」として発表した。 その理由は、「習近平総書記の文芸工作に関する一連の重要講話の精神を確実に貫徹し、中国共産党成立100周年祝賀舞台芸術創作工作をより高いレベルで推し進めるため」だという。

 ということは、「重点推奨作品」は「習近平総書記の文芸工作に関する一連の重要講話の精神」に沿った内容を十分に持ち、共産党成立100周年を祝うに適切な作品ということになる。

 そこから、習近平国家主席が思い描いている「成立101年以降」の理想の共産党像が浮かび上がってくるに違いない。

一貫するテーマは「為人民服務」

 選ばれた主な作品を見ると、『七個月零四天』は、チベット高原を横断する「青蔵公路」(1954年開通)の建設に当たった慕生忠将軍と旗下の2000余名の工兵部隊による7カ月と4日間の悪戦苦闘がテーマであり、共産党員の新中国建設への献身的で英雄的な姿を描き出す。

『文明太后』は、北方系遊牧民・鮮卑族の拓跋氏によって打ち立てられた北魏(386~534年)において、孝文帝とともに富国強兵と中国北部の安定と民族融和を図る一連の改革を推し進めた文明太后馮氏を主人公とする。彼女の治政が中国統一を促し、後の隋・唐と続く中華帝国における民族融合の礎となったと高く讃える。

 続いて『紅色娘子軍』、『紅軍故事』、『李大釗』は、身も心も共産党に尽くした「生得偉大、死得光栄(偉大なる生、光栄ある死)」という毛沢東思想を体現した有名・無名の英雄物語である。

 一貫するテーマは、毛沢東の演説から生まれたスローガン「為人民服務」(人民に奉仕する)であり、もちろんストーリーの背景には、毛沢東に収斂する共産党の絶対無謬性がある。

 以上が新作部門の代表作品である。

共産党のために死力を尽くす主人公

 次に古典部門の代表作品を挙げてみると、

『大漠蘇武』は、前漢(紀元前206~8年)時代に使者として赴いた匈奴で囚われの身になり、帰順を進められながらも断固拒否し、文字通り草の根を齧りながらも生き抜き抜いた蘇武の祖国(漢)への忠義ぶりを描き出す。

『楊門女将』は、北宋(960~1127年)の時代、西北方面から宋を侵略する西夏に対し、敢然と戦いを挑む宋朝武門の楊一族の奮闘物語である。

 最前線で斃れた一族の男たちに代わり、100歳の余太君を先頭に一族の全女性陣が軍装を整え、大軍を率いて戦場に赴く。まさに毛沢東が好んで口にした「中国の女性は化粧より軍装が似合う」「天の半分は女性が支えている」という考えを描き出す、女将軍たちによる救国の英雄譚と言える。

『画龍天睛』の舞台は唐朝(618~907年)初期、主人公は第2代皇帝で「貞観の治」と呼ばれる盛時を築き上げた太宗・李世民。李世民が自らの輔弼(ほひつ)の臣を求め、お忍びで旅し、腐敗する地方官吏を懲らしめながら、野に隠れた有能の士を都に連れ帰る物語だ。

『党的女児』と『楊靖宇』は架空と実在、女性と男性、無名と有名と違いはあるが、共に共産党のために死力を尽くした主人公の気高い生き様――「為人民服務」――を描き出す。

 このほか、小品では、新型コロナウイルス感染症をテーマにした作品が選ばれた。

『天使的容顔』は、2020年春節を前に武漢での新型コロナの急拡大を知るや、家族との団欒を捨て現場に急行し、昼夜兼行で治療に当たる医療関係者の奮闘を描く。

『祈盼』は、同じく武漢で新型コロナ感染者の治療に当たる看護師の活躍を、「白衣天使は同(とも)に奮戦し、中華の児女(こども)は共に承担(たたか)う」と唱い上げる。

 このように演目を挙げてみると、「愛国」、「救国」、「民族統一」もさることながら、やはり共産党の正統性と「為人民服務」が一貫したテーマとして浮かび上がってくる。「習近平総書記の文芸工作に関する一連の重要講話の精神」もまた、それを求めているということだろう。

文革を煽った革命現代京劇模範劇も

 それにしても複雑な思いに駆られるのは、革命現代京劇の代表作である『紅灯記』や『奇襲白虎団』も選ばれていることだ。

 前者の舞台は抗日戦争で、敵役は日本軍。血は繋がらないが革命精神で結ばれた祖父・息子・孫娘の3代の抗日奮闘記である。一方、後者の舞台は朝鮮戦争。「白虎団」と名付けられた韓国軍最強部隊と米軍に挑む中国の義勇軍と朝鮮人民の連帯を讃える。

 中国共産党は一貫して京劇を教育・洗脳の手段の柱に捉えて来た。その典型が文化大革命期における革命現代京劇である。国共内戦、抗日戦争、大躍進などをテーマにした様板戯(模範劇)によって、毛沢東思想の絶対無謬性を国民の頭の中に叩き込もうとしたわけだ。

 文革は中国で「10年の大後退」と批判され、日本でも「中国の政治、経済、社会、文化のすべてにわたって重大な打撃を与えた」(『岩波現代中国事典』岩波書店 1999年)と見なされる。その文革を大いに煽った「毛沢東式勧善懲悪劇」とでも呼ぶべき革命現代京劇模範劇も「習近平総書記の文芸工作に関する一連の重要講話の精神」に合致するなら、習近平国家主席にとって現代革命模範劇は過ぎ去った激動の時代のホロ苦い思い出などではなく、文革は「大後退の10年」ではなかったということになる。

 1953年生まれの習近平国家主席にとって「大後退の10年」は、13歳から23歳の少年期から青春期という多感な時期に重なる。毛沢東が絶対権力を掌握する時代に生まれ、毛沢東を神と崇めながら成長した、いわば「純粋・毛沢東世代」である

 今年の2月20日に開催された「党史学習教育動員大会」で、「まさに今こそ、全党を挙げて党史学習教育を進めるべき時である」と訴えた習近平国家主席。建党以来の一切の革命活動の功績が自らに収斂する党史を描いた毛沢東に倣い、毛沢東と自らに価値基準を置く「正しい党史観の樹立」を目指すのであれば、京劇は格好の教育・洗脳の手段となろう。

 中国共産党成立100周年は、共産党の正統性と「為人民服務」を讃え、愛国、救国、民族統一を内外に強く訴える機会になりそうだ。

カテゴリ: 政治 カルチャー
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執筆者プロフィール
樋泉克夫 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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