API国際政治論壇レビュー(2021年7月-1)

1.バイデン・ドクトリンとは何か/2.中国と体制間競争をする財源はあるか

米海軍が対中抑止を構築するための予算は十分でないという指摘も ⓒEPA=時事
G7サミットから始まったバイデン大統領の欧州訪問は、「アメリカのカムバック・ツアー」として歓迎を受けた。外交戦略の基本を「民主主義と専制主義の体制間競争」に置くその方針は国内外多くの論者に共有されるが、民主党左派からは「新たな冷戦」の忌避と国内問題対策を求める声、そして共和党サイドからは安全保障面の財源不足を指摘する声も上がっている。

1.バイデン・ドクトリンとは何か 

 今年1月に誕生したアメリカのバイデン新政権は、対外政策の基本方針を民主主義体制と専制主義体制との体制間競争に置いており、この認識において、前政権とは異なる新しい姿勢を示している。それは、しばしば自由主義や民主主義のイデオロギーを攻撃し、権威主義体制下の強い指導者をときおり賞賛するとともに、同じ民主主義を掲げる同盟国に対する厳しい批判を繰り返していたドナルド・トランプ前米大統領の対外認識とは異なるものであった。そして、そのようなバイデン政権の対外認識に基づくとすれば、中国やロシアといった専制主義体制の諸国との競争が長期にわたるものになること、そして価値を共有する自由民主主義体制の同盟国との協力関係がその競争に勝利するための鍵となることは、明らかである。

 こうしたバイデン政権の外交戦略の構図を明瞭に、そして説得的に論じたのが、アメリカのグランド・ストラテジーについていくつもの優れた著作を刊行してきた、戦略史研究の若き俊英、ハル・ブランズである。ブランズは『フォーリン・アフェアーズ』に寄せた論文で、そのような外交戦略を「バイデン・ドクトリン」と呼び、民主主義と権威主義の間の体制間競争が長期化していくこと、そしてその中では、価値を共有する同盟国との協力関係や、幅広い国民的支持を取り付けるような外交と国内政治との連携が重要であることを指摘する。他方でブランズは、バイデン・ドクトリンが、権威主義諸国からの挑戦、新型コロナウイルス感染症のグローバルなパンデミックという挑戦、さらには国内での民主主義の後退という挑戦の三つの困難な問題に直面している現実を描写する[Hal Brands, “The Emerging Biden Doctrine: Democracy, Autocracy, and the Defining Clash of Our Time(バイデン・ドクトリンの登場:民主主義と権威主義、そして現代の決定的な衝突)”, Foreign Affairs, June 29, 2021]。

 このような構図で現代の世界政治を眺める姿勢は、ほかの多くの論者にも共有されている。またその外交ドクトリンに基づいた政策の論理的な帰結として、NATO(北大西洋条約機構)諸国や、EU(欧州連合)諸国といった価値を共有する民主主義諸国の間で、協力関係を再強化することが求められている。それゆえ、元NATO事務総長であり、またEU共通外交・安全保障政策対外代表であったハビエル・ソラナは、ジョー・バイデン米大統領のG7サミットやNATOサミットなどへの参加のための欧州訪問を、「アメリカのカムバック・ツアー」と称して賞賛している[Javier Solana, “America’s Comeback Tour(アメリカのカムバック・ツアー)”, Project Syndicate, June 21, 2021]。バイデン大統領の訪欧を高く評価するのは、仏『ル・モンド』紙も同様であり、それを「アメリカ外交の復権」と呼んで歓迎する[Editorial, “G7, sommet de l’OTAN, réunion avec l’UE… le retour de la diplomatie américaine(G7、NATOサミット、EUとの会合… アメリカ外交の復権)”, Le Monde, June 16, 2021]。

 アメリカ国内でもバイデン大統領の欧州訪問を高く評価する論調が目立つ。たとえば『ワシントン・ポスト』紙のコラムニスト、ジェニファー・ルービンはこれを、「アメリカは戻ってきた。そしてこれは人気だ」と論じ[Jennifer Rubin, “America is back. And it’s popular. (米国は戻ってきた。そしてこれは人気だ)”, The Washington Post, June 13, 2021]、また『フォーリン・ポリシー』誌でも米元外交官のダニエル・ベアーは、「中国に対して同盟国と提携を結ぶバイデン氏」の行動を「歴史的転換」と位置づけている[Daniel Baer, “In Historic Shift, Biden Aligns Allies on China(歴史的転換。中国に対して同盟国と提携を結ぶバイデン氏)”, Foreign Policy, June 22, 2021]。ブッシュ(子)共和党政権で国家安全保障会議アジア担当上級部長を務めたマイケル・グリーン・ジョージタウン大学教授もまた、民主主義諸国間の連携が不可欠のものであり、それを強化することが賢明な政策だと擁護する[Michael J Green, “An alliance of democracies is essential(民主主義国の同盟は不可欠のものである)”, The Interpreter, June 16, 2021]。

 民主主義勢力の内部でバイデン大統領の対外戦略が高く評価された一方、対立する権威主義体制下の中国メディアではそれを批判する論考が目立った。たとえば、民主主義諸国の結束を誇ったG7サミットの成果を受けて、中国の『環球時報』紙の社説では、「G7共同声明は話題を煽るが、中国人はその手は喰わない」と論じ[「G7公报造势,中国人不吃这一套(G7共同声明は話題を煽るが、中国人はその手は喰わない)」『环球网』、2021年6月14日]、さらに『人民日報』紙の社説では「小さな輪を作り、集団政治を行うことは流れに逆らっている」と論じるなど[「搞“小圈子”和“集团政治”是逆流而动(小さな輪を作り、集団政治を行うことは流れに逆らっている)」『人民网』、2021年6月17日]、民主主義諸国間における結束の強化を批判している。

 ただ、その批判の論調は必ずしも強烈なものではなく、むしろ国際派の王缉思北京大学教授[王缉思(Wang Jisi)「莫让反华阴谋成“新华盛顿共识”(反中国の陰謀を新ワシントン・コンセンサスにしてはならない)」『环球网』、2021年6月23日]や朱锋南京大学教授[朱锋(Zhu Feng)「美国对华政策是如何倒退的(アメリカの対中政策はどのように後退したのか)」『环球网』、2021年6月22日]の中国紙へ寄せた論考からは、アメリカが対中強硬路線を採ることを批判して、米中協力を復活させる意義を想起させるような印象を与えている。

 やはり、中国政府も国際的な孤立を懸念して、対中批判の輪が広がることは望んでいない証左といえる。

2.中国と体制間競争をする財源はあるか

 今回のG7サミットでは、合意文書としてはじめて台湾の問題が含まれたことが注目された。台湾の安全をめぐる米中対立は、米中二国間関係という枠組みを超えて、日米関係や、クアッド首脳会談、さらにはG7サミットといった枠組みにまで巨大な影響を及ぼしている。カナダのマクドナルド・ローリエ研究所で上席研究員を務める中国問題が専門のマイケル・コールは、G7サミットの合意文書の中で、民主主義体制対権威主義体制という大きな構図の中に台湾問題を位置づけていることを高く評価している[J. Michael Cole, “The G7 Places Taiwan in its Proper Context- within the Democratic Camp(G7は台湾を民主主義陣営の中で適切な文脈に位置づけた)”, The Macdonald-Laurier Institute, June 16, 2021]。だが、そのような「戦線」の拡大に対して、アメリカの国内外の一部では懸念や不安が広がっている。

 たとえば、イギリスの左派系の高級紙『ガーディアン』では、コラムニストのラファエル・ベアが、バイデン大統領がG7サミットにおいて「次の冷戦」へ向けて同盟国を募っていることに警戒感を示し、アメリカ政府の対欧州接近を手放しで喜ぶ欧州諸国を批判する[Rafael Behr, “Joe Biden’s mission at the G7 summit: to recruit allies for the next cold war (ジョー・バイデンのG7サミットでのミッションは、次の冷戦に備えて同盟国を募ることだ)”, The Guardian, June 8, 2021]。この『ガーディアン』紙のコラムは、6月9日の『環球時報』の社説でも紹介されていることは興味深い。同様に、アメリカ民主党左派を代表して大統領選挙の民主党予備選をバイデンと戦ったバーニー・サンダースは、『フォーリン・アフェアーズ』誌への論考の中で、新しい対外政策の潮流を「危険な対中ワシントン・コンセンサス」と激しく批判し、タカ派的な対外姿勢が「新しい冷戦」を始めることを警戒する[Bernie Sanders, “Washington’s Dangerous New Consensus on China: Don’t Start Another Cold War(危険な対中ワシントン・コンセンサス:新たな冷戦を始めるな)”, Foreign Affairs, June 17, 2021]。これらの米英両国内の左派系の論者は、新型コロナ禍で逼迫する財源を国内の貧困問題への対処や、医療や社会保障のためによりいっそう割くべきだという姿勢で共通する。

 アメリカのリベラル派を代表するコラムニストのファリード・ザカリアも、バイデン政権の対中強硬路線には冷ややかだ[Fareed Zakaria, “Under Biden, American diplomacy is back. But America isn’t(バイデン氏のもとで米国外交は戻ってきたが、「米国」は戻っていない)”, The Washington Post, June 18, 2021]。サンダースほど激烈な批判ではないが、対中強硬路線が強まるバイデン政権の対外政策に対して、経済問題や気候変動問題、国内の分裂への対処をむしろ優先するべきだという論調は、アメリカ民主党内の左派系の支持者層の間で幅広く見られる傾向ではないだろうか。だが、そのような認識は、過去10年間でアメリカ外交ではなく、中国外交がより自信に満ちて、強硬で、強大な軍事力によりいっそう依拠するような、そして「戦狼外交」に代表されるような、国際的な規範を無視する行動に傾斜していることを十分に考慮に入れていないようにも思える。

 バイデン政権の対外政策に懸念を示すのは、民主党左派からだけではない。共和党支持者層の安全保障専門家らは、異なる視点からバイデン政権の対外政策を批判する。すなわち、バイデン・ドクトリンとして示されるイデオロギー対立の構図自体はトランプ政権から継承されるものだとしても、バイデン政権ではそのような競争を現実に遂行していく上での十分な財源を確保しておらず、それを実践するのが困難だという批判である。ブッシュ(子)共和党政権で国防総省での勤務の経験があるマイケル・ベックレー・タフツ大学准教授は、急速に軍事技術と装備を開発、配備する中国に対して、アメリカは十分な用意ができていないことを批判する[Michael Beckley, “America Is Not Ready for a War With China: How to Get the Pentagon to Focus on the Real Threats(アメリカは中国と戦争する準備ができていない:国防省に真の脅威に目を向けさせる方法)”, Foreign Affairs, June 10, 2021]。

 同様の懸念は、共和党政権の国防政策を立案していた元高官ばかりではなくて、より幅広く共有されるものである。たとえば、シドニー大学米国研究センター長のアシュリー・タウシェンドは、現在のバイデン政権の国防予算が、あくまでも2030年代に中国と競争するための長期的な視野からの研究開発費に多くの予算が割かれている一方で、現在の中国の脅威に対する抑止力の構築へ向けてはあまりにも不十分であることを批判する[Ashley Townshend, “Biden’s Defense Budget Will Worry America’s Indo-Pacific Allies(バイデンの国防予算はインド太平洋地域の同盟国を不安にさせる)”, Defense One, June 22, 2021]。

 実際に、アメリカ議会でも共和党側から批判が繰り返されるようになっており、バイデン政権がどの程度真剣に、中国周辺の海域や空域での抑止力強化への予算を割く意思があるのかが問われている。アメリカのシンクタンクの研究員であるクリストファー・ドーティーは、それゆえ、台湾有事の際に最も重要な役割が求められる米海軍は、対中抑止を構築するために十分な予算が割かれておらず、いずれ戦略的破産に向かうだろうと警鐘を鳴らしている[Christopher Dougherty, “Gradually and then Suddenly: Explaining the Navy’s Strategic Bankruptcy(徐々に、そして突然に:米海軍の戦略的破産を説明する)”, War on the Rocks, June 30, 2021]。これからバイデン政権は、そのような批判や懸念に応えていかなければならない。 (続く)

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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