ソウル打令2021 (6)

新聞「紙」が消え「地上波テレビ」凋落の韓国最新メディア事情

執筆者:平井久志 2021年10月20日
タグ: 韓国
ようやく見つけた、新聞のコンビニ店頭販売。この光景もすぐに消えそうだ(筆者撮影)

 

 韓国に久しぶりに暮らしてみて驚いているのは、メディア状況の急激な変化です。

 8月に、日本のBSのテレビ局から出演を依頼されました。その時に担当者から、

「光復節(8月15日)の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の演説を韓国の新聞各紙がどう報道しているか、韓国の新聞を手に持って解説してくれませんか?」

 と頼まれました。「ああ、いいですよ」と答え、僕が住んでいるソウル市西大門区のコンビニに新聞を買いに出かけました。しかし、5、6軒のコンビニを訪れたのですが、どこにも新聞を売っていないのです。ある店では主人が「紙の新聞なんてないよ」とけんもほろろでした。慌てて、テレビ局に「自宅で購読している『中央日報』しか新聞がないけどいいですか」と連絡をしました。

コンビニで新聞が売っていない

 特派員時代は日刊紙を全部購読していましたが、今回は経済的な理由で1紙しか購読していません。韓国の新聞は各社ともネット上にサイトがあります。日本のように「この記事は有料です」なんてけちくさいことはしません。ほぼ全記事を無料で公開しています。ですから読む気になれば、ネットで新聞のほとんどが読めるのです。

 ソウル市内の中心部では、コンビニでも新聞を売っていますが、新聞を置いている店舗が激減しています。それはコンビニの問題ではなく、韓国人が紙の新聞を読まなくなっているからです。

 ただし、韓国人の多くは新聞社のサイトで記事を読むよりは、ポータルサイトの「ネイバー」や「ダウム」などで記事を読んでいます。韓国の『聯合ニュース』は随分前から、新聞社から受け取る配信料よりも、ポータルサイトから受け取る配信料の方が多くなったと聞きました。これは、いまだに地方紙の分担金が主流の日本の『共同通信』とは大きく違う点です。

 通信社は直接の読者がいないので双方向性がない、と言われてきましたが、韓国では『聯合ニュース』がポータルサイトに流れて、読者はその記事に反応するので、逆に新聞社より通信社が読者との双方向性を早く作りやすい環境が生まれつつあります。

 新聞社もポータルサイトに記事を提供していて収入を補填していますが、記事配信のスピードは、紙の新聞のペースですので、速報性では通信社が早いようです。

 韓国言論振興財団が昨年12月に発表した「2020年言論需用者調査」によると、「過去1週間に新聞を読みましたか?」という質問に対して「読んだ」と答えたのはわずか10.2%でした。つまりもう、紙の新聞を読んでいる人は10人に1人なのです。僕は地下鉄で大学の研究所に通っていますが、みんなスマホを眺め、紙の新聞を読んでいる人はほとんど見ません。日本も似た状態で、時々は紙の新聞を読んでいる人を見ますが、韓国は皆無に近いという感じです。

 この調査では、同じ質問に対して新聞を読んだという人が2002年には82.1%でしたが、2010年には52.6%、2015年には25.4%と下降線をたどる一方です。特に20代で紙の新聞を読んでいるのは1.1%で、ほぼ100人に1人でした。

 しかし、これは韓国人が「記事」を読まないということではありません。携帯やインターネットを通じて「記事」を読んだという人は2017年88.5%、2018年86.1%、2019年88.7%、2020年89.2%と、9割近い人が新聞記事には接しています。

 ただし、ネットで記事を読む時は、どうしても関心のある記事ばかりを読むようになります。紙の新聞ですと、偶然に開いたページにふと目をやって、普段は関心を持っていない分野で新しい情報を得ることがありますが、ネットではこの比率が下がるように思います。韓国の保守と進歩の激しい対立、社会の分断は、メディア状況が関係しているのではないかという気がします。日本も次第にそうなっていくのではないかと思います。

地上波も凋落してネットテレビの時代に

 さらに最近、急増しているのがユーチューブのようなオンライン動画サイトです。オンライン動画サイトの利用者は2018年には33.6%でしたが、2019年47.1%、2020年には66.2%と急速に伸び、2年前の約2倍です。

 新聞社の記事にもフェイクニュースがないわけではありませんが、一応はそのメディアのチェック機能がある程度稼働しています。しかし、個々人が発信者になる動画サイトではその情報の信頼性をどう担保するのかという問題が多いのも事実です。

 

 韓国でも若者のテレビ離れの現象があると言いますが、テレビを見る人は94.8%という極めて高い数字です。これはニュースというよりは、娯楽番組を含めたトータルな数字ですが、メディアへの関心は依然として強いということでしょう。特に新型コロナウイルス感染拡大のために自宅にいる時間が長くなり、テレビへの依存度が高くなっているようです。

 僕は今度、韓国に来てLG電子のテレビを買いました。このテレビはインターネットテレビでした。テレビは電気を入れて、アンテナ端子につなげれば見られると思っていたのですが、ネット環境がないと見られないのです。その後、自宅にWi-Fiを導入しましたが、購入したテレビには「LGチャンネル」という無料視聴チャンネルが100以上あります。チャンネル数は999個なのですが、実際にあるチャンネルは無料視聴チャンネルに加え、ネットショッピングや有料チャンネルを含めて約200くらいです。

 昔は、韓国の地上波テレビ局は公営の『KBS』が2チャンネルと、『韓国教育放送公社(EBS)』、半官半民の『MBC』、民間報道の『SBS』の4局でした。僕が留学した1980年代は、昼間は放送していませんでした。その後、ケーブルテレビが広く普及し始め、ニュース局の『YTN』や新聞社系列の『TV朝鮮』(『朝鮮日報』系)、『チャンネルA』(『東亜日報』系)、『JTBC』(『中央日報』系)などが参入し、チャンネル数が増えました。

 その次がネットテレビです。1日中映画を放映しているチャンネルも、僕が見ているのだけで5つくらいあります。『NHK国際放送』や『CNN』なども視聴可能です。地上波では日本のドラマはまだ解禁になっていませんが、僕の家のテレビの『J』というチャンネルは1日中、日本の古いドラマを韓国語の字幕付きで放送しています。映画、ドラマ、健康、スポーツ、料理、海外放送など実に多彩です。しかし、結果的には、そうたくさんのチャンネルを見ているわけではありません。自然と見るチャンネルは固定されていきます。

 1つ確実に言えるのは、地上波の『KBS』『MBC』『SBS』の凋落です。以前はこの3局がテレビ界を牛耳っていましたが、あまりにもチャンネルが多くなったうえ、ケーブルテレビ局も面白いドラマなどを製作するようになり、地上波3局の地盤沈下は歴然としています。

 日本は地上波、BS、CSという風にテレビが拡大してきましたが、韓国は地上波、ケーブルテレビ、ネットテレビという風にテレビが変化しているように見えます。テレビ受信機という「機械」の変化が、テレビのあり方そのものを変えています。日本は政府の規制やキー局の既得権益などが関係しているのかもしれませんが、メディア状況の変化が遅いような気がします。

 先日、洞事務所(市役所の地域支所のようなもの)へ行く用事があり、そちらの方へ歩いていると、あるコンビニに新聞が置いてありました。「くそ、こんなところにあったのか」と自分の手抜かりを悔やみました。

 

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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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