「ポイ活」が作る「開かれた社会」の「閉ざされた経済圏」

執筆者:矢嶋康次 2022年10月26日
タグ: 日本
エリア: アジア
広がる各社の「経済圏」(C)slyellow/shutterstock.com
キャッシュレス決済の普及で急速に身近になった「ポイント」。買物で貯めたポイントを別の買物に充てるばかりか、給与もポイント払いの時代が到来する。そこでは「PayPay経済圏」のような、いくつかの企業がポイントで顧客を囲い込む「閉ざされた消費の世界」の競争が加速する。

 

急増するキャッシュレス決済

 棚を整理していたら、昔貯めていた10円玉がたくさんでてきた。銀行の窓口で口座に入金しようとしたが、手数料がかかるという。どうしたものか――と悩んだ末に、財布の中に10枚以上入れておいて、自動販売機で飲料水を買うときに使っている。

 世界と比較すると日本の現金流通高は圧倒的に多いが、10年程前に比べると、現金を見る機会が極端に減ったように思う。クレジットカードや電子マネーを使う人が急増している。2021年に電通が実施したネット調査によれば、利用頻度が最も高いモバイルQR決済は、週に2~3回以上使う人が57.8%、毎日使う人も17.7%いた。キャッシュレス決済の普及は、着実に進んでいる。この10年で決済比率は2倍以上に急増している。

 

金利なしでもポイントがある

 日本には金利がない。そこで、貯めることが大好きな日本人の“喜び”はポイントを貯めることに向かった。

 私は数年前、増える一方のポイントカードが財布に入りきらなくなり、ほとんどのカードを捨ててしまった。いまさらポイントを貯め直すのも癪に障るので、会計のときに「ポイントを貯められますか?」と聞かれても断っている。

 矢野経済研究所の推計では、日本のポイント発行総額は、2021年度時点で2兆1001億円、一人当たり1万6824万円に達する。ポイントを活用して生活する「ポイ活」のハウツウ本が書店に並び、テレビの生活情報番組では達人が自身のポイ活について熱弁を振るう。ポイント価値を金額に換算すると、ポイ活の達人と私が一生涯を通じて得る金額にどのくらいの差が生じているのか。

経済圏の躍進

 

 デジタル化の進展に伴いポイントも進化を続けている。近年では、楽天ポイントが流通する「楽天経済圏」やdポイントが流通する「ドコモ経済圏」、PayPayが流通する「PayPay経済圏」など、企業名が付いた経済圏がどんどん拡大している。昔から家電量販店などでは積極的にポイントが利用されてきたが、今の経済圏にはオンラインショップでの買物も含まれており、ネットビジネスの経済規模がリアルな社会の経済規模を超えてきていることが特徴である。

 店舗に行かなくても、スマホのボタンを「ポチ」と押すだけで購入でき、後は配送を待つだけである。経済圏で流通しているポイントはあたかも「通貨」のような役割を果たし、経済圏で販売されるあらゆる商品、サービスの購入によって得られたポイントが別の商品、サービスの購入に充てられる。ポイントが循環するエコシステムが成り立っている。企業が従業員のスマートフォンの決済アプリの口座などに直接払い込む「デジタル給与」が、来年4月に解禁される見通しとなった。ますます経済圏は拡大しそうだ。

閉ざされた消費の世界

 この先、各経済圏は顧客の囲い込みをさらに強化していくだろう。経済圏で系列化が進み、他の経済圏で貯めたポイントは使えないようにする動きが加速するはずだ。そうすることで、個人は特定の経済圏の中でのみ消費を行うようになる。従来は同じ商品があったら、価格が安いところで購入したが、これからは金額よりもどの経済圏で購入するかが重要になる。

 データ社会が進むにつれ、私たちは簡単に多くのデータや情報に接し、何でも便利に購入できる開かれた社会で生活するようになった。しかし、その結果、かえって閉ざされた経済圏という不思議な世界を創り出すことになった。隣の芝生が青い、のかどうかもわからない世界である。いつか完全に現金が使われなくなり、そして人々が店に並んでモノを購入する姿すら見られない世界が出現するかもしれない。

 私が貯めたたくさんの10円玉を最も高くポイントにしてくれる「一番芝生の青い」経済圏はどこだろうか。

カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
矢嶋康次(やじまやすひで) ニッセイ基礎研究所チーフエコノミスト。1968年生まれ。東京工業大学卒業後、日本生命保険入社。1995年にニッセイ基礎研究所入社へ。2012年よりチーフエコノミスト、2017年より研究理事、2021年より常務理事を兼務。主な著書に『 非伝統的金融政策の経済分析──資産価格からみた効果の検証』(共著・日本経済新聞出版社)、『記憶の居場所(ときのすみか):エコノミストがみた日常』(慶應義塾大学出版会)などがある。
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