「安い日本」と「安い米国」

執筆者:矢嶋康次 2022年11月18日
タグ: 日本 アメリカ
エリア: アジア
世界の投資を呼び込めるか(C)ake1150/stock.adobe.com
歴史的な円安に見舞われた日本だが、電化製品はどんどん売れても、投資はなかなか集まらない。対して米国は、景気後退期にこそ投資が集まり、景気回復の原動力となる。安いから買われる米国と、安くても買われない日本の違いは深刻だ。

 

 最近、海外旅行に行った人の話を聞くと金銭感覚がおかしくなる。家族4人でハワイに1週間滞在したら旅行代金が200万円を超えたという。とびきり豪華なホテルに泊まったわけでも、高級ランチや高級ディナーを楽しんだわけでもないのに、宿泊費や食事代がバカ高い。メディアの「安い日本」特集では、海外は物価も人件費も高いので、海外でアルバイトをしたほうがお金は貯まるし、為替でも有利という内容を伝えている。

 

 世界の物価上昇をよそに日本は20~30年、物価が上がらなかった。実質実効為替レートは50年ぶりの低水準で、世界から見れば日本は歴史的に「安い国」である。

 

 

安いから買われる米国

 日本人として、「安い日本」というのは、あまりいい感じがしない。しかし、最悪なのは、安いのに世界から見向きもされない事態である。

 たとえば米国では、「安い米国」に投資家やビジネスマンが殺到する。毎年この時期は来年の世界経済について経営者や投資家とミーティングを持つ。足元のインフレがいつまで続くのかとともに、来年予想されている米国の景気後退がどの程度深刻になるのかが議論となる。

 ただ、彼らが本気で米国経済の心配をしているようには見えない。米国は景気後退になると株価が2~3割以上安くなるが、次の景気拡大期になると、以前の景気拡大期の株価を確実に超えてきた国である。つまり景気後退になって株価が下がれば、それは投資やビジネス投入の絶好のチャンスとなる。そのタイミングがいつ到来するのかを知りたい、というのが多くの方の本音なのだ。お金が集まり、ビジネスが集まることで、「安い米国」は次の景気回復を実現し、「高い米国」に再び変わっていくのだ。

 

見向きもされない日本

 それに対して日本はどうか。

 やっとインバウンドも再開され、世界から見て格安の日本製品はどんどん売れるだろうが、深刻に考えなければならないのは、これだけ安くなった日本のビジネスが見向きもされないという事実である。「安いから買われる」うちが花であり、見向きもされないようになってからでは遅い。

 主要国の中で日本は極端に対内直接投資が少ない。外国企業が日本企業の株式取得を目的に投資が起こっていないのである。それにもかかわらず、世界銀行が2020年まで毎年公表していた世界ビジネス環境ランキングで、日本の順位はOECD36カ国中18位と、いまだに改善されていない。いくら安くなっても日本の魅力はまったく上がらない。

 

 この先の上向きの期待値が必要だ。買ったものの価値が将来上がるだろうと思われるような状況を作り出さないといけない。ビジネスがやりにくい環境はいくらでも改善できるはず。政府も民間も議論だけして何も動かないではすまされない。

 この先何も変わらないと、安い日本が買われない、そんな最悪の事態が起こってしまう。

憧れの日本は過去のもの?

 2000年代半ばに私大で非常勤講師をしていた時のことを思い出す。中国からの留学生が私の講義を受講していた。彼女はいつも講義が終わると、熱心に質問をして、私はいつも感心していた。特に少子高齢化への関心が高く、社会保障がしっかりしている日本の制度を勉強してそのノウハウを持ち帰り、中国でビジネスを展開するか、役人になって政策に役立てたいと意気揚々としていた。

 しかし、ある時、彼女が「なぜ私は日本に留学に来てしまったのでしょうか?」と聞いてくるではないか。日本に来たら学生は勉強しないし、講義の内容はダメな日本の話ばかりで、テレビでもグダグダの政治のことばかり報じている。「こんな日本に居続けても私の将来にプラスにならない」と言うのだ。少なくとも彼女は日本への強い憧れがあって、日本を留学先として選んだはずだが、憧れと現実があまりに乖離してしまっていて、自分の選択が取り返しのつかない間違いだと悲しんでいた。

 同様の心の変化を吐露しているのが、日本在住の中国人作家・ジャーナリストとして知られる莫邦富氏の『これは私が愛した日本なのか』(岩波書店,2002)だ。彼は、文化大革命の最中に日本語を学び、最も早くから新しい日本映画や文学を中国に紹介し、1985年に憧れの日本にやってきた。そして帰国する直前の89年に天安門事件が起き、日本に残り文筆活動をすることを決意した。その莫氏が日本に対して「『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という夢から目を覚ましてほしい、いまから努力すれば、失地挽回はまだ可能だ」と言う。

 日本の中では、日本が門戸を開けばいくらでも世界の優秀な留学生や技術者が日本に集まってくる、という考えがいまだに強い。最近では香港に代わって日本が「国際金融都市」を担おうという議論が盛んになっている。東京や大阪、福岡が手を上げているが、選ぶのは世界であり、日本はあくまでも選ばれる側なのだ。

 

カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
矢嶋康次(やじまやすひで) ニッセイ基礎研究所チーフエコノミスト。1968年生まれ。東京工業大学卒業後、日本生命保険入社。1995年にニッセイ基礎研究所入社へ。2012年よりチーフエコノミスト、2017年より研究理事、2021年より常務理事を兼務。主な著書に『 非伝統的金融政策の経済分析──資産価格からみた効果の検証』(共著・日本経済新聞出版社)、『記憶の居場所(ときのすみか):エコノミストがみた日常』(慶應義塾大学出版会)などがある。
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