医療崩壊 (71)

「千代田幕府」の成功体験を乗り越えよ

執筆者:上昌広 2023年2月6日
エリア: アジア
「千代田幕府」を構成する、首相官邸(右上)・国会(左上)のある永田町と、官庁が集中する霞が関(下)
かつて日本を発展させた「千代田幕府」体制は、コロナ対策でもその衰退が明白だった。日本が生き残るには、アジアでの情報共有に軸足を置いた国内外にまたがる分権型のネットワークを構築すべきだ。

 毎朝、全国紙5紙、地方紙3紙(東京新聞、神戸新聞、福島民友)に加え、ニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルなどの海外メディアに目を通す。福島民友以外は電子版を発行しており、iPadで読むことができる。便利な世の中になったものだ。

政府関連記事ばかりの日本のメディア

 このような媒体に目を通して驚くのは、日本と海外のメディアでは、とり扱う記事に大きな差があることだ。その差は朝日新聞と産経新聞の比ではない。

 例えば1月28日のニューヨークタイムズの1面には「中国」「アフガニスタン」「気候変動」「芸術」の4つのテーマの記事があり、1月27日の1面は、「中国勢の撤退が米国の不動産に与える影響」「NATO(北大西洋条約機構)とウクライナ」「英国の貿易」「ナチス」の記事から構成されていた。合計8つの記事のうち、米国関連は1つで、政府関係のものはなかった。

 一方、1月28日の朝日新聞1面の記事は「コロナ5類転換へ」「厚生労働省の中絶内服薬承認への動き」「東京都による0~18歳への5000円給付」そして「連続強盗の指示役“ルフィ”」がテーマのものだ。1月27日は「トヨタ社長交代」「コロナ5類移行」「外務省による海外永住者増加」だ。合計7つの記事の全てが日本国内の動きを扱っており、4つが政府、1つが東京都庁に係わるものだ。

 朝日新聞の1面は、政府関連の記事で溢れ、ニューヨークタイムズは世界のニュースを報じる。総じて国内紙は海外事情を取り扱うことは少ない。筆者は英BBCやイスラエルの新聞「ハーレツ」などにも目を通すが、ニューヨークタイムズほどではないにしろ、各紙、世界の動きにウェイトを置く。日本のメディアの異様さは際立っている。マスコミは世論を反映し、マスコミが世論を作る。私は、この差こそ、日本の特異性を象徴していると考える。

医学的に証明されない「マスク効果」

 日本の特異性とは、徹底的に視点が内向きであることだ。言い換えれば、世界に関心がない。視野狭窄といっていい。我が国の視野狭窄の対応は枚挙に暇がない。

 コロナ対応など、その典型である。例えば、感染症法上での2類から5類への変更だ。岸田文雄総理が5月8日からの分類変更を明言したが、遅きに失したと言わざるを得ない。感染症法2類のもとで、長期にわたる自粛要請が高齢者の健康を蝕んだことは、前回の寄稿(2022年12月28日『コロナよりも死者数を増やした過剰な「行動規制」「自粛」』)で紹介した。

図1 OECD加盟34カ国のコロナ感染者数
昨年12月28日に、各国で新たに診断された人口100万人あたりの感染者数
オックスフォード大学が提供するデータベース“Our World in Data”を用いて、筆者が作成

 なぜ我が国では、弱毒と分かっているコロナを、3年にもわたって2類から変更できなかったのだろう。こんな対応をとっている先進国は日本くらいだ。海外では、マスクを外して日常生活を回復している。それでも、コロナは日本ほど流行していない(図1)。それどころか今冬の日本の感染者数は、経済協力開発機構(OECD)加盟国で最も多い。つまり、2類相当の扱いを続けていることが、感染拡大予防にどの程度の効果があるのかは明らかではない。

 ところが、専門家はコロナ脅威論を声高に叫ぶ。西浦博・京都大学教授は、「社会全体で緩和に伴う自由を手に入れることは、ヨーロッパの規模の感染や死亡を受け入れることにも通じるものです(2022年11月10日、『バズフィードジャパン』)」と語っていることなど、その典型例だ。

 マスコミも同様だ。1月28日、朝日新聞は「マスク着用 対策の見直し 総合的に」という社説を掲載したが、その内容は非科学的だ。マスク不要論への反論として、〈人口比でみればコロナの死者数が日本よりかなり多い欧米を「標準」とするのは、いかがなものか」と批判するが、これは不正確だ。オックスフォード大学が運営するデータベース“Our World in Data”によれば、1月27日の日本の人口100万人あたりの死亡者(1週間平均)は2.77人で、主要先進7カ国(G7)で最も多い。米国は1.41人で日本の約半分だ。マスクを外しても、欧米では死者は急増していない。

 マスクの有効性については、米国立医学図書館データベース(PubMed)などを検索すれば、容易に情報を入手できる。昨年2月、韓国のサムスンメディカルセンターの医師たちが、コロナに対するマスクの効果を検証したメタ解析を『医療ウイルス学』誌で発表した論文によれば、一般人がマスクを着用した場合の感染予防効果は約20%で、その差は統計的に有意ではなかった。このことは、マスクの効果は限定的で、しかも医学的に証明されているわけではないことを意味する。だからこそ、海外では流行期の公共施設などを除き、マスクの装着を推奨せず、個人の判断に任せている。これは医学的に合理的だ。

国策企業が衰退した「平成の30年」

 なぜ、厚労省や周辺の専門家、さらにマスコミは、海外のデータを無視するのだろう。それは、2類に据え置くことが彼らにとって都合がいいからだ。現行の感染症法は、エボラ出血熱や鳥インフルエンザのような強毒な病原体が侵入した非常事態に対応すべく、厚労省などの関係者に強い権限を与えている。いわば戒厳令のような存在だ。

 権力者が強い権限を得たら、自らその権限を手放すことはない。さらにメディアを含め、そのおこぼれに与る連中が彼らを擁護する。戦争は一度始めれば、なかなか終われないし、戒厳令は出してしまうと、容易には解除できない。

 感染症法は、厚労省健康局結核感染症課が所管する。局長、課長ポストは医系技官の指定席だ。だからこそ、医系技官とその周囲の公衆衛生や感染症を専門とする医師たちが、前述したように様々な理屈をつけて抵抗した。

 通常国会では、内閣法などが改正され、感染症対応に係わる司令塔機能を担う組織として、内閣官房に、「内閣感染症危機管理統括庁(仮称)」の設置が検討される。果たして、こんなことをして上手くいくだろうか。私は否定的だ。

 日本の問題は、官僚と一部の専門家により政府の方針が決定され、それをマスコミが無批判に報じることだ。私は、このような体制を「千代田幕府」と呼ぶ。「千代田幕府」とは、永田町、霞が関、丸の内、大手町に存在する本部組織が意思決定を担い、日本の下部組織に指示する仕組みのことだ。マスコミは、こうした「幕府」の方針決定を、広く国民に伝える役割を担った。だからこそ、前述したように、1面を政府記事が独占する。

 この仕組みの雛形は、薩長を中心とした明治政府が作った。西欧を目標に、中央政府がリードする形で富国強兵を目指した。第2次世界大戦の敗戦後も、その雛形は残った。高度成長期、日本がアジア唯一の大国であった時代には上手く機能した。東アジアの「雁行モデル」に象徴されるように、「千代田幕府」がアジアをリードした。

 一時、「千代田幕府」は世界をも席巻した。1989年の世界企業の時価総額ランキングトップ10に、日本からNTT(1位)、日本興行銀行(2位)など7社が入った。いずれも、日本の国策企業だ。

 ところがほどなく、「千代田幕府」モデルの勢いは衰える。2018年に、世界企業の時価総額ランキングのトップ10に入った日本企業はない。

表1

 2019年4月27日の日経新聞の記事によると、平成の30年間で、「千代田幕府」体制に適応した国策企業はおしなべて衰退していた(表1)。30年間で時価総額を減らした企業はNTT(20.3兆円減)、東京電力HD(8.6兆円減)、日本製鉄(4.2兆円減)、新生銀行(4.1兆円減)などの国策企業が名を連ねる。

 代わって時価総額を増やしたのは、トヨタ自動車(15.2兆円増)、キーエンス(8.3兆円増)、日本電産(4.6兆円増)、ソニー(4.6兆円増)、任天堂(4.3兆円増)、武田薬品工業(4.1兆円増)と続く。この中に、国策企業の名前はない。東京生まれの企業はソニーだけで、グローバルに活躍する西日本など地方出身の企業の活躍が目立つ。30年間で「千代田幕府」のお膝元は地盤沈下し、「千代田幕府」とは独立して、海外に販路を求めた企業が躍進した。

企業活動、教育で躍進する西日本

 実は、「千代田幕府」のお膝元の衰退は、企業活動に限った話ではない。教育の世界もそうだ。医療ガバナンス研究所の山下えりかは、地域の人材育成力の変遷を評価するため、主要高校スポーツの戦後の昭和時代と平成以降の地域ごとの優勝回数を調べた。対象としたのは、野球(男)、サッカー(男)、ラグビー(男)、バレー(男女)、駅伝(男女)だ。いずれも朝日新聞(野球)、毎日新聞(野球、ラグビー、駅伝)、読売新聞(サッカー)、フジテレビ(バレー)などのマスコミが主催・後援し、大々的に報道されるため、関係者の力の入れようは違う。

表2

 結果を表2に示すが、平成に入り、関東勢の優勝回数が激減していることがわかる(88回→59回)。凋落が著しいのはサッカー(22回→8回)、ラグビー(16回→7回)だ。帝京高校サッカー部や國學院久我山高校ラグビー部は優勝常連校から遠ざかって久しく、これらに代わる高校も出てきていない。

 関東勢に代わり躍進したのは、九州(35回→56回)だ。九州地方の人口は関東地方の3分の1以下にもかかわらず、ほぼ同数の優勝だ。平成以降、この地域の人材育成力が飛躍的に高まったことになる。

 なぜ、企業活動、教育とも、首都圏の勢いが落ち、西日本勢が躍進したのだろうか。私は、中国大陸や朝鮮半島に近いことが大きいと考えている。

 日本は、古代よりアジアとの交流を通じて発展してきた。西日本はアジアとの付き合い方を知っている。平成に入り、アジア諸国が急成長し、益々、その立場は有利になった。現在、世界が最も注目する日本人であるソフトバンクグループ会長の孫正義氏は、在日韓国人実業家の次男として佐賀県鳥栖市に生まれた。彼が中国企業のアリババ元韓国企業のLINEに出資したことなど、その生い立ちに負うところが大きいだろう。また立命館大学は、留学生を対象とした立命館アジア太平洋大学を大分県別府市に開校した。九州とアジアとの歴史的な背景を重視したからだ。

アジアでどう情報を共有するか

図2

 どうすれば、日本は生き残れるのか。世界から学ぶことだ。特にアジアとの連携は重要だ。図2は、昨年12月24日現在のOECD加盟諸国、および中国のコロナ関連論文数だ。日本からの論文数は中国の約4分の1で、韓国より若干多いレベルだ。もはや、日本の科学がアジアをリードしている訳ではない。

 中国が高い研究力を有するのは、感染症領域に限った話ではない。昨年12月の1カ月間で、英ネイチャー誌は合計85報の原著論文を掲載した(オンライン単独を除く)。国別で最も多いのは米国の37報で、中国18報、独7報、英5報、スイス3報と続く。日本からの発表は2報で、韓国と同じだ。日本の研究力は中国に遙かに及ばず、韓国とほぼ同レベルということになる。

 現在、米中の関係は険悪だ。ただ、天然資源に乏しい日本が科学立国で生き残りを目指すなら、米国、EU(欧州連合)と並び、中国・韓国との関係強化が欠かせない。アジアでどう情報を共有するか、歴史的・地理的背景を考慮し、もっと合理的に考えねばならない。私は「千代田幕府」の成功体験に固執し、中央政府の権限を強化するのではなく、国内外にまたがる分権型のネットワークを構築すべきだと考えている。

 

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執筆者プロフィール
上昌広(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。
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