オペレーションF[フォース] (9)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第9回

執筆者:真山仁 2023年4月22日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】防衛省の概算要求は前回比300%――。折衝開始の前日、周防を訪ねてきた防衛省の久埜課長の傍らには、親友の磯部がいた。その晩、周防と磯部は新橋の焼き鳥屋で語り合う。

 

Episode2 傘屋の小僧

 

4(承前)

 いつの間にか、二人とも飲む手が止まり、ジョッキが汗をかいている。

 磯部が足下の鞄から、分厚い封筒を取り出した。

「官房長の許可は取ってある。ぜひ、読んでもらえないか」

「分かった。明日までに読んで備えるよ」

 ずっしりと重いものが周防の手に託された。

 ならば、酒なんて飲んでる場合じゃないな。周防はビールをやめて、ウーロン茶に切り換えた。

「それにしても、こんな大事な時期に筆頭主査が交代したのがどうにも解せない。何か知らないか」

「さすがに短期間での異動は妙だと思ったけど、よくは知らないんだ」

 丸谷は、防衛係に就いて半年足らずだった。来年度の防衛予算は重要な政治課題であると承知しているだけに、この異動は何か「事件」があったのではと周防も感じていたが、引き継ぎの時に本人に聞くのは気が引けた。

「どうやらウチのトップが、総理に交代をねじ込んだという噂がある」

「舩井大臣が?」

「武闘派の舩井さんにとって、防衛大臣就任は悲願だった。就任以来、数々の勇ましいパフォーマンスでメディアに取り上げられ、春先からはずっと梶野元総理と二人三脚で、日本の軍事力強化を喧伝している」

「梶野さんは、もういらっしゃらないよ」

「大臣は自分こそが梶野派の正統継承者だと言って憚らない。今回の前年度比300%の大風呂敷も、大臣の意向を反映したものだ」

 防衛費改革派の辻岡大臣官房長は、大臣から日々、防衛費増大のプレッシャーをかけられ、内局内の慎重派も、今月の人事異動で部署替えをされている。

「おまえは今のところ安泰なんだろ」

 話が本当なら、磯部などひとたまりもない気がする。

「俺のオヤジのお陰だと思う」

 磯部の父は、統合幕僚監部に在籍した元海将補で、軍事オタクの舩井大臣とは、以前、意気投合したことがあるらしい。

「丸谷さんは、バリバリの平和主義者だそうだな。官邸の意向があっても、簡単に防衛費なんて増やせないと高圧的だったと聞いている。それがあだになって飛ばされたのだろうか?」

 引き継ぎの時から、何かあったとは感じていた。

 元々、丸谷とは余り接点がないが、極めて過激なリベラルという評価を知っている程度だ。それでも、職責は全うする真面目な先輩というイメージで、別の省の大臣から人事介入をされるような問題児ではない。

「おたくの省としては、主水と本岡に加えて筋金入りの“活動家”を組ませれば、防衛省のごり押しに、たやすくは屈しないと考えての人事だったと思うが、自衛隊OBの不評を買いすぎて、かえって裏目に出たんだな」

「総理が、防衛大臣の圧力に負けて財務省の人事に介入するなんて、事件だぞ」

「俺はあり得る話だと思った。さらに、生前よりもむしろ亡くなってからの方が、梶野総理の力が出た」

 それは、メディアの記事を読んでいても感じる。不慮の死を遂げた人物の遺志の尊重という日本の文化だ。

 だとしても、これは遺志の悪用ではないか。……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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