【前回まで】主税局の土岐は、防衛費倍増に向けた財源確保のスキーム作りに頭を悩ませていた。保育園に幼い息子を迎えに行った暁光新聞の草刈摂子は、ママ友から増税に猛反対される。
Episode3 リヴァイアサン
4(承前)
「ちょっと黙って。ママは、今、大事な話をしてるの。ねえ摂子さん、ちょっと教えて欲しいんだけど、政府がガソリン代の値上げ分を補填しているって、本当?」
「ええ。円安の影響で石油などのエネルギー資源が高騰していますから」
「テレビで観たんだけど、一日で300億円もかかってるんですって」
「えっと、100億円ですね」
「それでも、既に総額1兆円以上使ってんでしょう。そのお金を、防衛費に回してよ」
「でも、そんなことしたら、ガソリン代が、リッター200円とかになりますよ」
「SDGsを考えたら、ガソリン車なんて、全部やめるべきだし、それでも走らせたかったら、車に乗る人からだけ、税金取ればいいじゃん」
「そんなことしたら、宅配料金とかバス代とかも値上がりしますよ」
「それは、反対。そういうのは、企業努力と国の支援でなんとかして欲しい」
まあ、彼女の発想は、一般庶民の代表とは言わないが、ありがちな意見であるのは、間違いない。
「ママぁ、オシッコ」
翔君の一言のお陰で、草刈はようやく解放された。
5
大学の正門前で、土岐とも別れた周防は、JRで荻窪に向かった。
5年前に急逝したSF作家桃地実[ももちみのる]の夫人と会う約束があった。
桃地が遺した膨大な資料のうち、周防の役に立ちそうなものを見せてくれるのだという。
生前の桃地は、近未来の日本に警鐘を鳴らすSF小説を多数発表してきた。
周防は、中学生の時に読んだ『時の旅人』以来の大ファンで、日本列島が大地震と津波で海の藻屑と消える『ニッポン崩落』や、核戦争の愚かさを描いた『サイロ』を読んで、自分も大人になったら、日本を救う人になりたいと思った。……
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。