欧米は多極の中の「1つの極」に(2023年 第Ⅱ号‐3)

共和党員の4割ほどがウクライナ支援を減らすべきだと考えている[支持者と交流するデサンティス米フロリダ州知事=2023年8月6日、アメリカ・アイオワ州シーダーラピッズ](C)AFP=時事
欧米社会にはウクライナ支援への不満が鬱積している。そうした中、「台湾有事への備え」「ヨーロッパの防衛能力におけるアメリカ依存からの脱却」といった、これまでより一回り大きな枠組みからウクライナ支援を捉え直す議論が新たな視座を提供している。一方で、欧州外交評議会(ECFR)が実施した世論調査では、世界が多極化に向かっているとの認識が特に非欧米で拡大していることが浮彫りになった。世界には明らかにポスト西洋的国際秩序が出現している。(2023年 第Ⅱ号‐2〈中国の背を押す西側「デリスキング」の揃わぬ足並み〉はこちらからお読みになれます)

 

4.ウクライナ支援をめぐる西側の不協和音

■「ロン・デサンティスの初めての大失敗」

 西側諸国の間で、対応が混乱して結束が乱れているのは、対中国のみならず対ロシア政策においても同様である。アメリカや欧州諸国の中では、ウクライナでの終わりが見えない戦争において、永続的にウクライナへの支援を提供し続けねばならないことに、次第に不満が鬱積しつつある。

 たとえば、アメリカのクインジー研究所副所長のトリタ・パルシは、『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄せた論稿において、中国によるサウジアラビアとイランの間の国交正常化への仲介を例にとって、アメリカもまたそのような平和創出のための努力をするべきだと論じている[Trita Parsi, “The U.S. Is Not an Indispensable Peacemaker(アメリカは不可欠なピースメーカーではない)”, The New York Times, March 22, 2023]。

 かつてのアメリカは、中東和平をめぐるキャンプ・デービッド合意やオスロ合意など、平和を創出する上での「誠実な仲介者」であった。ところが次第にアメリカは、「歴史の正しい側」に立とうとして中立的な立場を嫌うようになってきた。すなわち、平和は妥協ではなくて、完全な勝利からもたらされるべきだという考え方だ。他方でグローバル・サウス諸国はウクライナの勝利へ向けての軍事支援よりも、和平案を求めている。そのようなロシア・ウクライナ戦争での中立的な立場こそが、習近平がサウジとイランの仲介者として成功する背景にあった。それだけではない。多極化した世界においては、そのような中国の和平への努力はむしろ、世界におけるアメリカの過剰な負担を軽減してくれるだろう。パルシは、アメリカが和平への外交を後回しにすることをせず、あわせて中国などの他の大国の和平への努力にも、より肯定的な評価をするべきだと主張する。

 アメリカでは来年に大統領選挙が行われるが、その結果がアメリカのウクライナへの支援、さらにはそこでの戦争の行方にも巨大な影響を及ぼすことになるであろう。そのようななかで、共和党の大統領候補者として注目を集めるフロリダ州知事のロン・デサンティスのロシア・ウクライナ戦争をめぐる発言が、波紋を呼んでいる。デサンティスは、3月13日のFOXニュースのなかで、ロシア・ウクライナ戦争を「領土紛争」と呼んで、ウクライナの領土や主権を保障することを前提に置かずに、和平への妥協を引き出す必要を主張した。彼の発言は、共和党員の4割ほどがウクライナ支援を減らすべきだと考えていることが背景にある。

『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の社説はこの問題に触れて、デサンティスの発言に一定程度の合理性があると共感しながらも、この戦争を「領土紛争」と呼んだことを「ロン・デサンティスの初めての大失敗」と位置づけて、深刻な問題として警鐘を鳴らしている[The Editorial Board, “Ron DeSantisʼs First Big Mistake(ロン・デサンティスの初めての⼤失態)”, The Wall Street Journal, March 15, 2023]。それは、第二次世界大戦前のアメリカ共和党の孤立主義的な傾向を想起させるものだ。現代の共和党はレーガン政権を一つの理想的なモデルとしているが、レーガンはあくまでも原理原則に拘って、さらに「力による平和」を主張した。この社説では、共和党の大統領候補として、そのようなレーガン大統領の外交理念を継承する大統領候補者が残ることを期待している。

■ウクライナ支援が台湾有事への備えを向上させる?

 アメリカによるウクライナへの支援を継続することが適切な政策判断であり、アメリカの国益や安全に資する、という見解もいくつも見られた。

 例えば、2007年から国防省で勤務し、トランプ政権期に「国家防衛戦略(National Defence Strategy)」の策定に携わり、現在はRAND研究所で研究をしているジム・マイターは、「ウクライナ戦争が米国の国家防衛戦略を促進させている理由」と題する論稿を『ウォー・オン・ザ・ロックス』に寄せている[Jim Mitre, “How the Ukraine War Accelerates the Defense Strategy(ウクライナ戦争が⽶国の国家防衛戦略を促進させている理由)”, War on the Rocks, March 21, 2023]。

 マイターはそこで、アメリカの対中強硬派がアメリカの過剰なウクライナ関与に懸念を示すなかで、マイターはむしろロシア・ウクライナ戦争へのアメリカの関与が自国の防衛力を強化すると論じる。たとえば、アメリカ製武器の使用によりその教訓を得ることや、同志国との連携が進展することなどが、国防省改革の機会を提供している点を指摘する。そして、そのようなウクライナでの教訓は、台湾有事への防衛態勢強化にも繋がっていることに留意すべきだ、と論じる。マイターによれば、インド太平洋での抑止力強化が優先課題であることを認めるとともに、むしろウクライナ支援がそのような目標を達成する上でのプラスになっているのだ。

 同様にして、アレクサンダー・ハミルトン・ソサイエティのエグゼクティブ・ディレクターを務めるガブリエル・シャインマンが『ワシントン・ポスト』紙に寄せた論稿においても、ウクライナ支援の継続は台湾有事に備える上での障害ではなく、むしろ備えを向上させる好機だと論じられている[Gabriel Scheinmann, “How helping Ukraine prepares us for a confrontation with China(ウクライナ⽀援がいかにして中国との対決への備えとなるか)”, The Washington Post, February 28, 2023]。

 確かに、ウクライナに提供しているアメリカ製兵器のジャベリンやスティンガー、M777榴弾砲など、軍事物資が不足する時代においてそれらをアメリカが提供することは、アメリカの自国防衛や国益を考えると一定の制約になっている。だが、これらが契機となり、むしろ「ショック療法」としてアメリカの防衛支出を増大させて、「民主主義の兵器庫」となる必要性について、国民を覚醒させるかも知れない。逆説的に、従来の平和に安住するような自己満足から抜け出すためにも、将来の台湾有事へ向けてウクライナ支援は肯定的な影響を及ぼすというのがシャインマンの主張だ。

■ヨーロッパの支援は十分なのか

 著名なコラムニストで、『フィナンシャル・タイムズ』紙のチーフ・エコノミクス・コメンテーターのマーティン・ウルフは、「西側諸国はウクライナが必要としているものを与えるべきだ」というコラムを同紙に掲載している[Martin Wolf, “The west must give Ukraine what it needs(⻄側諸国はウクライナが必要としているものを与えるべきだ)“, Financial Times, March 1, 2023]。

 そこでは、「状況を良い方向に変える唯一の方法は、ウクライナによる決断と、西側諸国の軍事的および財政的な支援の組み合わせだ」と論じられる。そして、これまで戦後ヨーロッパで構築され、擁護されてきた根幹的な価値と利益が現在脅かされていることこそが、ヨーロッパがウクライナへの支援を継続する重要な理由だと論じる。また、キール世界経済研究所の報告を基礎として、ヨーロッパ諸国では国内のエネルギー価格高騰への保障の財源が、ウクライナ支援のそれを大きく上回っている現実を紹介し、ウルフはヨーロッパにおけるウクライナ支援がアメリカのそれに比べるとかなりの程度限定的なものにとどまっている問題を指摘する。そしてこのような現状こそが、プーチンに対して「ウクライナは必要な資源を得ることができないかもしれない」という判断をもたらして、戦争が継続することに繋がりかねない。西側諸国は、そのような想定が誤りであることを証明しなければならない。ウルフは、ウクライナの勝利のために、ヨーロッパ諸国もアメリカのように軍事的支援も含めた広汎な資源を動員することが不可欠だと論じる。そして、もしもこれが積極的に実行されないとすれば、ヨーロッパが望むかたちで戦争が終わることは難しいだろうと説く。

 このような、ヨーロッパのウクライナ支援の規模が十分ではないという議論は、アメリカ国内でも提出されている。

 たとえば、2011年から17年までオバマ政権の国務省で勤務し、現在はCSISで欧州・ロシアを研究するマックス・バーグマンと、カーネギー国際平和財団ヨーロッパ・フェローのソフィア・ベシュによる『フォーリン・アフェアーズ』誌の共著論文では、ヨーロッパがアメリカの防衛力に依存した状況が続き、ヨーロッパ諸国内部で十分な防衛協力が進展していない問題を指摘する[Max Bergmann, Sophia Besch, “Why European Defense Still Depends on America(欧州の防衛が今なお⽶国に依存している理由)“, Foreign Affairs, March 7, 2023]。

 バーグマンとベシュによれば、ヨーロッパ諸国はその直面する防衛上の問題と根本から向き合おうとせず、指導者たちもそれを当然のこととしてきたが、このような状況は長く続くことはないという。というのも、アメリカのより若い世代はヨーロッパ諸国と協力することよりも、中東問題や、テロリズム、中国に対する抑止力の強化などを優先して考えており、バイデン政権以降のアメリカ政府が現在のような取り組みを続ける保証はないからである。

 これは重要な指摘である。バーグマンとベシュは、問題の本質を2つ指摘する。第1は、ヨーロッパ側が十分な防衛能力を有していないことだ。欧州諸国はこれまでの20年間で、防衛費ではなく、人道支援やテロリズム対策、アフガニスタンでの平和構築ミッションなどに多くの財源を割いてきた。NATOは、あくまでも多国間組織であるために、加盟各国の十分な貢献を得られなければその目的を実現することはできない。また、アメリカ政府がヨーロッパ内での防衛能力の強化を十分に支援してこなかったことも問題だ。これらの問題を直視しなければ、ヨーロッパがアメリカに防衛面での依存を続ける現状は変わらないだろう。

■「中立国」として存在することが困難な時代

 ロシアによる明確な国際法違反、そしてウクライナへの非人道的な侵略が行われる中で、もはやいかなる国も価値中立的であるべきではない。そのような視点から、国際戦略研究所(IISS)の元シニア・フェローであったフランツ・ステファン・ガディは、「21世紀において中立が時代遅れである理由」と題する論稿を『フォーリン・ポリシー』誌に寄せている[Franz- Stefan Gady, “Why neutrality Is Obsolete in the 21st Century(21世紀において中⽴が時代遅れである理由)”, Foreign Policy, April 4, 2023]。

 そこでは、フィンランドが従来の中立政策を捨ててNATO加盟を実現したことを受けて、21世紀のヨーロッパでは中立の立場を取り続けることはもはや望ましいものではないとの議論が展開される。フィンランドとスウェーデンという、伝統的な中立国がその方針を転換したことで、ヨーロッパで残る中立国はオーストリア、アイルランド、マルタ、そしてスイスの4カ国のみとなった。外交および軍事的な観点から見れば、独自の軍事力で有事に十分な自衛能力を確保するスイスとは異なり、他の3カ国は脆弱なままである。これらの諸国は、有事においては他国が自分たちの代わりに戦ってくれることを期待しているが、以下の2つの理由から、冷戦後の現代に中立政策を維持することは困難だとガディは言う。第1には、中立国という存在の重要性が冷戦期よりも明らかに低下している。第2に、高度に統合され、相互運用可能な防衛能力が求められる21世紀において、中立国は軍事的にこのような現実に対応できていない。そして中立的な外交および軍事の有効性について、より率直な議論がなされるべきだと提唱する。

■ポスト西洋的国際秩序が出現

 他方で、世界全体を見れば、これとは異なる趨勢が顕著となっている。すなわち、たとえ西側諸国が今後結束を強化していったとしても、その西側諸国自体が国際社会で他の主要国からは切り離され、分断したままだということだ。欧州外交評議会(ECFR)によるEU9カ国と、イギリス、中国、インド、トルコ、ロシア、アメリカで行った世論調査を受けて、ティモシー・ガートン・アッシュ、イワン・クラステフ、マーク・レナードというヨーロッパを代表する国際問題の専門家が、その実像の説明を試みた。ここでは、ロシアのウクライナ侵攻によって西側諸国の結束が強化されたことと、ポスト西洋的国際秩序が出現しつつあることの2つが指摘できると論じられる[Timothy Garton Ash, Ivan Krastev and Mark Leonard, “United West, divided from the rest: Global public opinion one year into Russiaʼs war on Ukraine(団結した⻄側諸国は他国からは分断されている ―ロシアのウクライナに対する戦争開始から1年経過した国際世論),” ECFR, February 22,2023]。

 調査によれば、欧米諸国の多くの人々はウクライナの勝利に協力すべきであり、ロシアは明瞭な敵国であるという認識で概ね一致している。だが、他方で、中国、インド、トルコでは、ウクライナが領土を譲り渡すことになっても早期に戦争を終結させることを望むという意見が顕著となっている。また、非欧米諸国の世論は、今回の戦争を民主主義と権威主義の戦いと定義する欧米諸国の姿勢には懐疑的であることが明らかになった。

 さらに、将来の国際秩序は米中が支配的な2つのブロックによって規定される可能性が高いという意見が欧米諸国では主流となっているのに対して、非欧米諸国とロシアの人々はむしろ多極化、そして分裂した国際秩序か、あるいは中国(または他の非欧米の大国)が優勢な秩序が確立する蓋然性が高いと見ていることが調査から浮かび上がる。すなわち、非欧米の主要国の多くが今回の戦争を通じて自国がより大きな影響力を持ち、より自立的な意志決定能力を主張する好機として捉えている現実が見られるのだ。

 これらの結果は、インドやトルコ、ブラジルなどの諸国に対する欧米諸国の姿勢に、ある種の指針を示すだろう。まず、歴史的に「正しい側」へと引き込む対象として捉えるのではなく、世界史の新しい潮流の中での自律的なアクターとして扱うことが求められる。また、冷戦後の国際秩序を守ろうという欧米の努力に、それらの諸国の協力を期待するのではなく、それらの諸国による新しい秩序の構築に欧米諸国が協力の手を差しだすことが必要だ。

 ウクライナが勝利することは、今後のヨーロッパの秩序を考える上で極めて重要であるが、それによってアメリカ主導のグローバルなリベラル国際秩序が復活する可能性は極めて低い。欧米諸国は、多極化する世界秩序のなかの1つの極として、中国やロシアなどの敵対的な独裁体制や、インドやトルコなどの独立した主要国と、共存していくことが重要となる。ECFR実施したような非欧米諸国も対象に含んだ世論調査から、今後の進むべき針路を確認することは有意義である。 (「2023年 第Ⅱ号‐4」へ続く)

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)(エーピーアイこくさいせいじろんだんれびゅー)
米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)について:https://apinitiative.org/
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