生成系AIの次は「ALIFE(人工生命)」へ――「生命とは何か」を探る研究の最先端レポート

執筆者:フォーサイト編集部 2023年9月10日
タグ: AI
熱気に満ちた人工生命国際会議「ALIFE2023」の様子をお届けする(「ALIFE2023」HPより)

 AIの次に注目を集める「ALIFE(人工生命)」。哲学、物理、工学など学問領域を横断しながら「生命とは何か?」を探るこの研究分野で、日本はヨーロッパと並ぶ一大拠点になっている。7月に札幌で開催された人工生命国際会議「ALIFE2023」の様子をレポート。

***

  人工生命(artificial life、ALIFE)の研究が、日本でいま熱い。

 ChatGPTで話題が集まるAI(人工知能)と混同されがちだが、人工生命は「ALIFE」。「ディープラーニング(深層学習)」という機械学習の技術が世間に広がり、注目度が一躍高くなった人工知能に対して、ALIFEは「beyond AI」(AIを超えていく)とも言われ、生命的な自律性を持たせる点でAIと表裏一体でありつつも、大きく異なる。進化から意識まで、さまざまな形での「ありえたかもしれない生命」を研究対象とし、「生命とは何か?」を探る分野だ。

 人工生命の父と呼ばれるのが、アメリカの天才数学者、ジョン・フォン・ノイマンだ。コンピュータから原子爆弾、ゲーム理論までが、この人物の頭から生まれたものだとか。1950年代に、生命がどう振る舞うかを計算可能だとするモデルを作った。その後、計算機科学出身のクリストファー・ラングトンが、人工生命という言葉を生み出し、1987年に国際会議を始めたという。お掃除ロボット「ルンバ」を生み出したロドニー・ブルックスも、この系譜にいると言うから、実用にもつながりつつある。

学際的に広がる人工生命研究

 日本での熱さを象徴するのが、先ごろ7月末に、札幌で5日にわたって開催された人工生命国際会議「ALIFE2023」だ。国際人工生命学会自体は1987年に設立され、以来回を重ねて、2018年に東京・お台場で大々的に開催された。2019年にはイギリスを舞台にしたが、その後は、コロナ禍でオンラインでの開催に。日本での今夏の開催は、「ハイブリッド」と呼ばれるリアルとオンラインを兼ね備えたかたちで、全員とは言えないが、関係者の多くが久しぶりに集まる場になったという。

 この分野の面白いところは、哲学から物理、工学など多岐にわたっている学際的な研究という点だ。2018年の東京でのALIFE学会の実行委員長を担い、日本の人工生命研究を牽引してきた池上高志氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)は、研究者としての功績を重ねる一方で、自身もアーティストとして活動する。

日本の人工生命研究の第一人者、池上高志・東京大学大学院教授(提供:ALIFE2023)

 夏目漱石のアンドロイドで耳目を集めたロボット研究者、石黒浩氏(大阪大学大学院基礎工学研究科教授)のつくったハードウェアに、池上氏は、そのハードを動かすためのソフトウェアを開発して「機械人間オルタ」を完成させ、話題になった。コンテンポラリーダンサーとChatGPTをテーマに舞台公演を制作するなど、活躍は多岐にわたる。「生命とは何か」を追うジャンルは、他分野との境界があいまい、というよりも、重なる領域なのだろう。

機械人間オルタ(提供:Mixi Inc. )

 また、今回の学会の共催をつとめたのは北海道大学の「人間知・脳・AI研究教育センター」(CHAIN)だ。2019年にできたばかりのこの新しい組織には、人工生命はもとより、人工知能、神経科学、哲学から生物学、心理学など多岐にわたるバックグラウンドの研究者が集う。つまり、多分野にわたる研究というだけでなく、音楽やアートという創造性を含んだジャンルにもつながっているのだ。

 ALIFE2023の代表を務める、CHAINの飯塚博幸特任准教授によると、

 「手応えを感じます。1年以上前から準備し、今回はALIFEアートの展示の場も設けられましたし、オンラインからハイブリッドで、実際に多くの人と出会えました。研究テーマの特徴なのか、フレンドリーな参加者が多く、オープンマインドにコミュニケーションを図れる人が多いと思います」とのこと。今年の札幌の会場への参加登録は270人、オンラインでもその半分近くの参加があり、論文の投稿は240に上るという。学会としての規模は拡大中だそうで、現場の空気は明るい。

「生命と非生命の違い」という難問に挑む

 参加者の中には思いがけない顔も。スマートニュースCEO(最高経営責任者)の鈴木健氏だ。彼は、もともと研究者で、先の池上氏のもとで学んだという。

 「人工生命は、人工知能とお互い影響を与えながら進んできました。生命現象を通して、知能や運動、意識、知覚といった生命的現象を理解していく研究です。構成的アプローチと言い、実際に『つくる』ことによって理解していく点では、AIとALIFEは共通していて、昔から従事する研究者も重複しています。

 ただ、人工生命は、良い意味でマージナル、最前線に取り組んでいて、意欲のある人たちが一番難しい問題に取り組んでいるように思います。『生命と非生命の違い』『進化にはなぜ終わりがないのか(進化してどこかの段階で安定して進まない状態があってもおかしくない)』『なぜ生命には意識があるのか、一人称の現象が生まれるのか』『客観的な科学の記述だけでそれは表現できるのか』、そんな生命の難問にタックルしようという人たちが集まっている。僕個人としては、意識や一人称性がなぜ生まれるかに興味があるんです」とのこと。『なめらかな社会とその敵』(ちくま学芸文庫)という経営者らしからぬ著作を読めば、ALIFE研究で得た知見が土台となっていることがよくわかる。

 他にも、本国でのベストセラー『なぜ私は私であるのか』の邦訳版が刊行されたばかりの、意識の研究の第一人者、神経科学者アニル・セス氏もイギリスから来日。今回のALIFE2023は、まさに未知の分野への開拓者たちの集いとも言えるのだ。

 鈴木氏は続ける。

 「コンテクストとしては、AIが出てきて、ChatGPTなどで自然言語のブレイクスルーができた。そこから、ChatGPTでできないことは何か、今のAIでできないことは何か、という、いわば身体性の問題が大きな注目を浴びるようになりました。だからこそALIFEが再注目されるに至ったのでしょう」

 人工知能の研究にもALIFEにも冬の時代があり、長年、恵まれていたとは言えない環境が続いたそうだが、今後、応用事例も増えてくるのかもしれない。

 例えば、ハリウッド映画でお馴染み、人間が群を成すようなシーンのコンピュータグラフィクス(CG)制作で有名な「ボイド」(鳥の群れの動きに発想を得た、人工生命シミュレーションプログラム、Boids)の設計者でアカデミー科学技術賞受賞者でもあるクレイグ・レイノルズは毎年のようにALIFE学会に足を運ぶという。アニメーショングラフィクスの大家が足を運ぶユニークな学会と言える。

 過去データを学習材料とするChatGPTは人間の想像を超える創造的な発想には道のりを要する。一方で、AIに比べると応用事例は少ないものの、予想外のジャンプ、創発的なことが起きる可能性を追求してきたのがALIFEなのだ。AIにできることが増えれば増えるほど、相乗効果でALIFEの創発性が注目され、産業的な応用も増えてくるはずだ。

日本でALIFE研究が盛んな理由

 ALIFE研究において、日本はヨーロッパと並ぶ一大拠点になっている。なぜ日本でそこまで盛んなのだろうか?

 理由のひとつには、この分野を牽引してきた池上氏の存在も大きいようだが、「あえて言うなら」と鈴木氏は続けてくれた。

 「ALIFE的なものの見方に近いのだと思います。世界はこの法則で動いているという既定路線より、変化を前提とするALIFEは、諸行無常のものの見方や仏教思想、日本の自然観と近しいかもしれません」

 ALIFE2023でレクチャーを行い、クロージングのセッションを、意識研究のアニル・セスと行ったのがアメリカの著名なSF作家、テッド・チャンだった。ALIFEに興味を持つのは、CGの覇者だけではないのだ。レクチャーの合間、お互い話しかけやすい会場の雰囲気に後押しされ、熱狂的な読者を世界中に持つ彼に、招かれたとはいえ、なぜ札幌まで来たのかと尋ねてみた。すると首をすくめて「話を聞いてみたかったから」との返事。主だったレクチャーでは、必ずTシャツの彼の姿があった。彼の小説に「サッポロ」が登場する時は近いのかもしれない。

 思いがけない日本の活躍の場、今後に注目していきたい。

(取材・執筆 足立真穂)

カテゴリ: 医療・サイエンス
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top