
2024年11月25日に行われた秋篠宮文仁親王の記者会見では、皇室報道に対して「いじめ的情報」と述べたり、女性皇族問題について「生身の人間」と語るなど、異例のフレーズが続出した。象徴天皇制の研究で著名な名古屋大学准教授の河西秀哉氏は新刊『皇室とメディア:「権威」と「消費」をめぐる一五〇年史』(新潮選書)で、皇室報道の歴史と内幕を鋭く分析している。ここでは佳子内親王を例に、報道がなぜ揺れ動くのか、その真因を考えた。
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日々あふれる皇室報道
私たちは、皇室に関する報道に日々接している。天皇や皇后、皇族が様々な行事に参加して「おことば」を発している様子、国内の被災地や各地方、そして海外を訪問している場面、自身の誕生日に記者会見や文書回答などを通じてその気持ちが報道されることなどである。
その報道も、新聞・雑誌やテレビ・ラジオなど、様々なメディア媒体で展開される。週刊誌には、皇族に関する記事が毎週のように掲載されている。テレビでもニュースだけではなく、ワイドショーなどで皇族の様子が紹介される。近年はYahoo!などのニュースポータルサイトを始め、ネット上でも皇室に関する記事を見かけない日はないほどで、まさに私たちは、あふれる皇室報道のなかにいるのである。
新しい皇室の象徴・佳子内親王
そのなかでも、特に注目したい人物がいる。秋篠宮家の佳子内親王である。1994(平成6)年12月29日、秋篠宮家の次女として生まれた彼女は、誕生以来メディアに注目され続けた存在である。
平成初期には「開かれた皇室」という言葉が世間に広がったように、昭和のころよりも国民に近しい、新しい皇室に変わることが期待されていた。女性週刊誌では毎週のように皇室記事がトップに掲載され、ワイドショーなどでは皇室に関する話題が長時間にわたって放送された。そこではその家族像が理想的なものとして報じられた。
特に秋篠宮家は、長女の眞子内親王(当時)とともに、佳子内親王も新しい世代の皇族として取りあげられ、人々から注目されていた。
「権威」「人間」「消費」というカテゴリー
このたび私は、『皇室とメディア:「権威」と「消費」をめぐる一五〇年史』(新潮選書)を上梓した。そこでは、「権威」「人間」「消費」という3つのカテゴリーで揺れ動く近現代の天皇制の歴史的過程を明らかにした。
天皇や皇室を「権威」として扱い、私たちとは遠い存在として見る価値観。私たちと同じ「人間」として、親近感を持ち、身近な存在として支持する志向。さらには、天皇や皇室を「消費」的に扱い、まるで芸能人を見るがごとくとらえる「空気」感。
近現代の日本のあゆみのなかで、それぞれの軸が絡み合いながら、時に「権威」が強くなったり、時に「人間」らしさが希求されたり、時に「消費」する風潮が高まったり――いずれかのみに振れることはなく、局面によってこの3つのカテゴリーの間で揺れ動いてきたのである。
消費される「皇室のネットアイドル」
平成の皇室、特に秋篠宮家の場合も、私たちとは違う「権威」でありながら、「人間」として人々のなかに降りてきている存在として見られたと思われる。そのことを象徴的する人物が、次世代の眞子内親王であり、その妹の佳子内親王であった。
姉妹への注目はその後も続く。佳子内親王は学習院初等科から学習院女子中等科、女子高等科へと進学し、学習院大学文学部教育学科へ入学後、アメリカのボストンに留学するが、そのたびにメディアに姿を見せた。人々にとって、その成長を常に見守り続ける存在でもあるのが皇族というものだろう。歌舞伎俳優などと同じように、幼少のころからその人となりが公開され、人々はメディアを通じてその存在に親しんでいく。
この時期、日本ではインターネットの発達も著しかった。姉の眞子内親王も2000年代、ネット上の匿名掲示板や画像掲示板などに、彼女をいわゆる「萌え」化したイラストが多数投稿され、「眞子さま萌え」という状態が生まれていた。「皇室のネットアイドル」として彼女の存在は「消費」されていたのである。しかしこの時期は、アップロードできるデータ量がまだ限られており、あくまで眞子内親王を模したイラストが掲げられるにすぎなかった。
ところが、佳子内親王が成年に向かう時期になると、ネット環境がさらに整備され、写真などの画像も容易にアップロードできるようになる。そうすると、佳子内親王を撮影した写真そのものがネット上に掲載されるようになった。たとえば、2013年4月に学習院大学の入学式に臨んだ際のメディアに向けての写真なども、新聞・雑誌やテレビだけではなく、ネット上にもアップロードされた。そうした写真がネットの中で人気を得ていくことになり、それまで皇室に興味の無かった層にも広がっていった。眞子内親王と同様に「皇室のネットアイドル」であった。
佳子内親王はその後、2014年8月に学習院大学を中途退学する。そして同じ10月にはAO入試で国際基督教大学(ICU)に合格、12月には20歳の誕生日を迎えて成年皇族となり、翌2015年4月に国際基督教大学教養学部へ入学する。こうしたあり方も、自身のやりたいことが尊重される新しい社会のあり方にふさわしいものとして、メディアでは積極的に報じられ、好意的に取りあげられた。
「可憐なるプリンセス」
たとえばこの時期、『麗しの佳子さま 成年皇族のご足跡』(宝島社)、『可憐なるプリンセス佳子さま』(主婦と生活社)といった、佳子内親王の足跡を写真などで振り返るムック本が刊行され、大きな反響を呼んだ。それらが売れていることが新聞や週刊誌に取りあげられ、そのことがさらに佳子内親王の存在を人々に知らしめた。またいずれの本も、表紙に佳子内親王の写真を大きく掲載し、その容姿を前面に押し出して、人々の購買欲をそそる形となっていた。
『可憐なるプリンセス佳子さま』のキャッチコピーは「可憐な容姿と気品、親しみやすさでアイドル的人気を集めている秋篠宮家の次女・佳子さま」であった。ここには、「プリンセス」としての「権威」を感じつつも、自分たちと同じ「人間」であることを「親しみやすい」と表現し、それをメディアが「消費」している状況がわかる。『麗しの佳子さま』も同じ構図であった。
佳子内親王は、上に示した皇族としての「権威」ある存在でもあり、また私たちと同じ「人間」でもあり、アイドルのように「消費」される存在でもあるような、その3つのカテゴリーのバランスの上に立っており、そのことをメディアは巧みに使い分けていた。
秋篠宮家をめぐる大きな変化
ところが、その局面に変化が訪れる。姉の眞子内親王と小室圭さんとの結婚をめぐる問題である。小室さんの家族の金銭問題が報じられ、それがそれまで平成の皇室のあり方とは真逆だととらえられた。「権威」が傷ついたのである。これを契機に、秋篠宮家に対する批判的な意見が週刊誌やネット上で増え、「バッシング」とも言えるような批判も見られるようになる。この結婚問題では、皇室が「消費」されていた。
最終的に眞子内親王と小室圭さんが結婚することになったとき、佳子内親王は姉の結婚を喜びつつ、「結婚に関して、誤った情報が事実であるかのように取り上げられたこと、多くの誹謗中傷があったことを、私もとても悲しく感じていました」とのコメントを出し、それまでの姉への批判的な意見に反論を試み、自身の「人間」としての感情を吐露した。しかし、これに対する反発が出たことも事実である。「皇室のネットアイドル」『麗しの佳子さま』としての像とは異なる側面が示されたからであった。
佳子内親王の「信念」
その後、佳子内親王は姉の公務を引き継ぎ、積極的に活動を展開していく。ジェンダー平等を強調する姿、手話などを駆使して障がいを持つ人々と交流するあり方、そうした公務の様子をメディアは大きく報じた。それらは、新しい世代の女性皇族の公務のあり方として、好意的に取りあげられている。特にジェンダー平等については、社会の変化にふさわしいものとして注目されている。女性が天皇になることができず、結婚すれば皇室から離れていく女性皇族は、むしろジェンダー平等とは逆の存在であり、その事実を考えると女性皇族は「権威」のなかの存在である。その一人である佳子内親王がジェンダー平等を強調すること自体、矛盾と言えなくもないが、しかしあえてそのような活動をしていること自体に、彼女の信念が見えてくる。「人間」として生きたい、という意思のあらわれだろう。そのことをメディアも好意的に見て、積極的に報じているのではないか。
メディアは私たちの「鏡」
一方、ネットのなかでの秋篠宮家批判は止まっていない。それは佳子内親王にも向けられている。Yahoo!のコメント欄やXなどのSNSは、その言動や服装などの外見を批判したり揶揄したりする言葉であふれている。また、女性週刊誌などでは結婚相手などが取り沙汰されることもある。今なお佳子内親王を「消費」する状況が続いているのだ。
以上のように、佳子内親王に関する報道を見ていると、皇室がメディアによって時に「権威」として、時に「人間」として、さらには時に「消費」される存在として取りあげられてきたことがよくわかる。どれか一つの軸に振れるわけでもなく、その時々の情勢によってそのトーンは変化する。メディアは人々の皇室観を映す鏡のようなものである。だから皇室とメディアの関係は、私たち自身の問題なのだ。

- ◎河西秀哉(かわにし・ひでや)
1977年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期課程修了。博士(歴史学)。名古屋大学大学院人文学研究科准教授。著書に『「象徴天皇」の戦後史』(講談社選書メチエ)、『皇居の近現代史 開かれた皇室像の誕生』(吉川弘文館)、『近代天皇制から象徴天皇制へ 「象徴」への道程』(吉田書店)など。編著に『戦後史のなかの象徴天皇制』(吉田書店)、『平成の天皇制とは何か 制度と個人のはざまで』(共編、岩波書店)、『昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録』(共編、岩波書店)など。