
【前回まで】対馬沖で起きた台湾海軍潜水艦の衝突事故。舩井防衛大臣は、中国に対する自衛隊の出動を米軍に密約していた。防衛省の磯部は暁光新聞の草刈に、その事実をリークする。
Episode4 カナリア
5
大臣官房に戻ってすぐに、磯部は異変を感じた。
緊張感が漲っている。
「何があったんだ?」
眉間に皺を寄せてパソコンに向き合っている夏木正代[なつきまさよ]に尋ねた。
「これを、見て下さい」と言いながら、夏木が示したディスプレイには、台湾籍潜水艦と日本の延縄漁船の衝突現場が映し出されていた。
1時間ほど前に見た時より深く沈んでいる潜水艦の周囲に、4隻の艦船が集結している。いずれも、中国軍のものだった。
中国軍が救出しようとしているのだろうか。
「中国艦船が、『海隼』を拿捕するつもりのようだ」
茫然と見ている磯部に、官房長の辻岡が大画面モニターに映る映像を示しながら言った。
「救出ではないんですか」
「フリゲート艦に加え、『052C』が2隻、現れた」
「052C」とは、中国人民解放軍海軍ミサイル駆逐艦052C型駆逐艦のことだ。
フリゲート艦は、船団保護や哨戒が目的で、以前から、日本近海で目撃されているが、ミサイル駆逐艦は、その名の通り敵を駆逐するのが目的だ。
しかも、「052C」は、最新鋭ミサイル艦で、対空、対艦、対潜のミサイルを搭載している。
「さらに、サルベージ船まで待機している」
つまり、中国軍が台湾の潜水艦を引き揚げ、拿捕するつもりということだ。
“海上自衛隊第1潜水隊群第3潜水隊「おうりゅう」より入電。
『海隼』衝突現場から、約200メートル西に、中国籍とみられる原子力潜水艦を確認!“
統合幕僚監部とのホットラインが伝える。
「『おうりゅう』は、どこにいるんですか」
「日本の排他的経済水域(EEZ)内で、事故対応をウォッチしている」
それだと、防衛出動ではなく、あくまでも哨戒活動中に、事故に遭遇したという理屈となる。
それにしても、事故現場付近に原潜が現れるとは、中国は本気で開戦しようとしているのだろうか。……

「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。