オペレーションF[フォース] (54)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第54回

執筆者:真山仁 2024年3月2日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)AFP=時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】留学時代の親友・劉唯は、20年以上を経て変わらず美しかった。中国の諜報機関幹部になっていた彼女は、CIAにも盗聴されないというスマートフォンを都倉に託す。

 

Episode6 一世一代

 

2

 午後1時から市谷の防衛省で始まった大臣会見では、都倉に記者たちの質問が殺到した。

 後方の席にいた草刈は、質疑応答が始まった途端、プレスルームの室温が数度上がるほどの熱気を感じた。

「いったん保守党を除名された方が、いきなり復帰し、しかも防衛大臣に就任された理由を伺えますか」

 質疑応答の冒頭、広報課長が「行政に関する質問に限ってお願い致します」と念を押したのに、いきなり無視してきた。

 だが、中国での“事件”によって保守党内で強烈な非難に晒され、売国奴とののしられた前総務会長を、今なお動揺が残る防衛省のトップに据えるという人事は、驚天動地だった。それだけに、その理由を明らかにするのは、都倉新大臣の最初の「行政」だとでも言わんばかりだ。

 広報課長の困惑した顔をよそに、都倉は応じた。

「青天の霹靂ですが、総理から強く復帰を促された上で、どうしても防衛大臣をと、ご推薦を戴き、お引き受けしました」

「それは、都倉大臣と華希宝首相との交渉について、総理が認めるだけではなく、積極的に評価されたと理解してよいのでしょうか」

 記者の前のめりな質問姿勢に対して都倉は、一呼吸置いてから応じている。口調は冷静で表情は穏やか、周囲の熱気に気圧される様子もなく、堂々としている。

「総理のご心中については、私には測りかねます。ですが、先の北京での出来事を踏まえ、日本の安全保障のみならず、米中台各国との関係を、防衛の側面から的確に構築するために汗をかくのが、私の使命という理解です」

 次に東西新聞の美濃部が指名された。

「大臣には大変失礼ですが、台湾軍の潜水艦解放によって、大臣は明らかに中国寄りだと考えられてしまいました。そんな方が防衛大臣に就任されると、今後の日米同盟に影響を及ぼしそうですが、その辺りに、ご懸念はありませんか」

 美濃部は、容赦のない厳しいが的確な問いを、平然とぶつけた。

「私は、親中派でも、嫌中派でもありません。常に日本の未来と平和を願う者です。しかし、そのようにイメージされてしまっているのであれば、今後の私の行動をご覧になって判断していただければと思います」

 都倉の発言は、会場の記者をどよめかせた。草刈は、都倉について詳しくは知らない。しかし、保守党内での評価は高く、初の女性総理候補という呼び声は、彼女の行動力とブレない発言に裏付けられているのは、承知していた。

 今の発言も、「都倉らしい」と言われるものだろう。

 暫く、大臣就任の背景についての応答が続いた後、草刈は挙手し、指名された。

「財政再建派として熱心に歳出削減を訴えてらっしゃる都倉大臣が、歳出増を強く主張する防衛省のトップに就任されたことで、防衛費増額の指針が翳るのではないかという懸念を抱く自衛隊幹部の声を聞きますが、来年度以降の防衛費についてのお考えをお聞かせ下さい」

「確かに私は財政再建を自身の政治信条に掲げています。ただ、それは無駄な支出を減らすという姿勢です。日本国民の生命と、国土を守るための防衛力を強化するのは、無駄な支出だとは考えていません。

 もちろん、国民の血税は、1円たりとも無駄にしたくないという信念に変わりはありません。そこで、大臣官房内に、予算精査チームを発足させます。そして削減可能な予算については積極的に削り、その一方で、国防の予算については、惜しまない。そのためには、国民の皆さんにご理解を戴くために心を砕きたいと思います」

 財政再建について取材を続けてきた草刈は、ここはしっかり注視せねばと気合を入れた。

 別の記者が質問に立った。

「先頃起きた、台湾軍の潜水艦と日本の漁船の衝突事故で、舩井前防衛大臣は、海上自衛隊の防衛出動を強く総理に求めたと言われています。都倉大臣が、同じ立場だったとしたら、防衛出動はなさったでしょうか」

「防衛出動の判断は、様々な情報を精査し、専門家の意見を集約した上で検討するものです。しかも、国家の安全保障の問題は、すべての情報が公開されている訳ではありません。したがって、あの時の判断の場に身を置いていない立場では、お答えできません」

 テーブルに置いた草刈のスマートフォンが振動してメッセージを受信した。デスクの児玉からだ。

 “大至急、社に上がってこい。重要なミーティングがある”

 社に戻ると、“第3会議室に来い”とメモがある。

 相変わらず人遣いの粗い児玉が腹立たしかった。

 部屋に行ったら、児玉の他に3人の記者がいた。

 社会部デスクの仰木[おおぎ]は顔見知りだが、後の二人は面識がある程度だ。彼らを、仰木が紹介した。

「司法キャップの石牟呂[いしむろ]君と検察担当サブキャップの由利野[ゆりの]君だ。特捜部が内偵している事件を察知したそうで、おまえの手を借りたいそうだ」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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