展望トランプ2.0―乗り越えるべき四つのハードル―

執筆者:冨田浩司 2024年3月21日
エリア: 北米
[「Get Out The Vote Rally」キャンペーンのイベントで演説するトランプ氏=2024年3月9日、米国・ジョージア州](C)EPA=時事
米共和党の大統領候補指名が確実になったトランプ前大統領は、しばしば「取引型(Transactional)の人間」と評される。利害損得次第で豹変も辞さないスタイルは、目先の言動から導く「再選後の振る舞い」の推測をほとんど無意味なものにするだろう。ただし党内の「岩盤拒否層」やバイデン陣営に見劣りする資金力など、再選のために克服すべき課題は動かし難い。こうした課題への取組みは、その延長線上に誕生し得る「トランプ2.0」政権にどのような含意を持つだろうか。挙党態勢、女性対策、訴訟対応、政権構想という四つの視点から分析する。

 米国の大統領選挙は、3月5日のスーパーチューズデーを経て候補者が固まり、本格的な選挙戦に入った。これから投票日まで長い闘いが続くことになるが、ここまでの選挙戦で最も驚くべきことは、ドナルド・トランプ前大統領(以下敬称略)の政治的復権である。

 3年前、議会襲撃事件が国民に大きな衝撃を与えたとき、多くの人はトランプの政治生命は絶たれたと考えていた。しかし、現在トランプは強固な支持基盤をもとに予備選を勝ち抜き、全国的な支持率でもジョー・バイデン大統領をリードするに至っている。米国の憲政史上類を見ない復活劇と言ってもよい。

 もちろん選挙はこれから長丁場だ。今回のように両候補が不人気な選挙は、「どちらがましか」という消極的選択の選挙となり、接戦となりがちだ。現時点でトランプの勝利を保証するものは何もないが、逆にこれまでの選挙戦を通じ、彼が政権に復帰するため克服しなければならない課題が明らかになってきている。

 本稿では、挙党態勢、女性対策、訴訟対応、政権構想という四つの視点から、トランプ2.0に向けた課題を考察してみた。

第一のハードル:挙党態勢の確保

 トランプが再選キャンペーンに乗り出した当時、多くの人は先行きを懐疑的に見ていた。「ベース」と呼ばれる彼の支持層は堅固とは言え、有権者全体の3割程度であり、議会襲撃事件への反発などを考えると、「ベース」以外の有権者の間で前回以上の支持を積み上げることは困難と思われた。そして、こうした見通しが共和党内で広く共有されれば、トランプの「エレクタビリティ(当選可能性)」について疑念が生まれるのは必至で、そうした中で予備選に勝ち抜くことすら覚束なく見えた。

 こうした懐疑論者が予見できなかったのは、バイデンの支持率が現職大統領としては過去にあまり例を見ないほどの水準で低迷していることだ。現実には、相手の不人気にも助けられ、トランプが各種世論調査でバイデンと互角以上に戦えることを示し始めると、エレクタビリティに関する党内の疑念は徐々に払拭され、予備選に圧勝する道筋が開かれた。

 このため現時点ではトランプの支持基盤の狭小さが再選の致命的障害となるとは言い切れない。しかし、「ベース」以外の支持の動向は、これから投票日までの間に大きく変化し得る。経済情勢が改善したり、訴訟問題が深刻化したりすれば、再びバイデン支持に傾く可能性もある。

 こうした観点から支持基盤を拡充する努力は引き続き必要であり、当面急がれるのは、予備選で存在感を示したニッキー・ヘイリー元国連大使の支持者を取り込み、党内の結束を図ることだ。

 これらの支持者は、その7割程度がヘイリーを積極的に支持するというよりは、トランプを拒否する立場から彼女に票を投じていることがわかっている。これらの党員も投票日には党への忠誠心からトランプ支持に回帰する可能性はあるが、一部であっても「岩盤拒否層」として残るようなことになれば、挙党態勢を築くことは難しくなる。

 ヘイリー支持者がトランプを忌避する理由は様々であろうが、ヘイリー自身のトランプ批判は、主として排他的、敵対的な政治手法と、米国の国際的責任に背を向けるような外交姿勢、の二点に向けられている。

 このうち政治手法の問題は、トランプが党内融和に向けて適切なメッセージを出すことで、ある程度緩和されるであろうが、外交姿勢に関する批判は、共和党内に存在する、より本質的な路線対立に関わっている。

 ヘイリーを支持する党員の間には、米国の国際的責務を重視する「レーガナイト(Reaganites=レーガン主義者)」が相当数含まれていると見られており、これらの党員はトランプが主張する米国第一主義への違和感からヘイリー支持に回っている可能性が高い。もっとも「米国を再びに偉大にする(Make America Great Again)」というMAGAの思想と米国が国際社会で指導的地位を維持することとは必ずしも矛盾するものではないので、レーガナイトの懸念を和らげるナラティブを考えることは不可能ではあるまい。

 問題は、異なる主張に耳を傾け、政敵に和解の手を差し伸べることは、トランプのスタイルではないことだ。しかし、後述のとおり、党内融和は単に支持基盤拡大のためだけでなく、これまでトランプへの支持に慎重であった大口献金者の協力を得るうえでも重要だ。

 トランプは、すでにスーパーチューズデー後の勝利演説で党内融和の必要性に言及しているが、こうしたコミットメントを行動で示す一つのやり方は……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
冨田浩司(とみたこうじ) 元駐米大使 1957年、兵庫県生まれ。東京大学法学部卒。1981年に外務省に入省し、北米局長、在イスラエル日本大使、在韓国日本大使、在米国日本大使などを歴任。2023年12月、外務省を退官。著書に『危機の指導者 チャーチル』『マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」』(ともに新潮選書)がある。
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