悪党たちのソ連帝国 (5)

第5回 フルシチョフ 帝国の攪乱者(前編)

執筆者:池田嘉郎 2024年5月26日
カテゴリ: カルチャー
エリア: ヨーロッパ
フルシチョフ(左)とスターリン(1937年1月、Wikimedia Commons)
かつてのソ連に君臨した6人の悪党たちの足跡から、ロシアという特異な共同体の正体を浮き彫りにする好評連載。第5回は、スターリンが育んだ規範を覆そうとした「帝国の攪乱者」、フルシチョフの前半生をたどる。

 1963年のある日、モスクワのシチューキン名称演劇大学は湧いていた。学生たちの卒業制作「セチュアンの善人」が見事な出来だったからである。善人が救われるためには悪事を尽くすしかないというドイツの戯曲家ブレヒトの寓話劇を観るために、小説家のエレンブルグやバレリーナのプリセツカヤをはじめ大勢の文化人がやってきた。政権の最高幹部の一人であるミコヤンすら足を運び、「これは学生演劇ではないね。劇場になるだろう、それもとても独特な」と誉めたという。学生たちを指導した先生は、レーニンの葬式で頬を赤くしていたユーリーである。実際彼は翌年4月には教え子たちを率いて、挑戦的な作風で知られるタガンカ劇場を旗揚げするのだ1

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
池田嘉郎(いけだよしろう) 1971 年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士(文学)。専門は近現代ロシア史。主な著書に『革命ロシアの共和国とネイション』(山川出版社、2007 年)、『ロシア革命 破局の8か月』(岩波書店、2017 年)、『ロシアとは何ものか―過去が貫く現在』(2024年、中公選書)、共著に『世界戦争から革命へ (ロシア革命とソ連の世紀 第1巻)』(岩波書店、2017年)、訳書にミヒャエル・シュテュルマー『プーチンと甦るロシア』(白水社、2009年)、アンドレイ・プラトーノフ『幸福なモスクワ』(白水社、2023 年)などがある。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top