日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS)に欠かせない「迅速さ」

執筆者:村野将
2024年6月10日
エリア: アジア
日米の統合的な運用上の要求に対応することが最も重要となる[DICAS初会合に臨む防衛装備庁の深沢雅貴長官(右)と米国防総省のウィリアム・ラプランテ国防次官(左)=2024年6月9日、東京・霞が関の防衛省](C)時事
4月の日米首脳会談で設置が決まった防衛装備品の共同開発・生産を促進する枠組みDICASは、6月9日から11日にかけて初回会合が開かれている。すでに報じられている日本の民間施設における米軍艦艇の維持整備やミサイル分野での連携に加え、極超音速滑空体に対処するためのGPI(滑空段階迎撃用誘導弾)の共同開発などが協力案件として具体化されて行く見通しだが、日米が置かれた安全保障環境の厳しさに鑑みれば、中長期の大型事業だけでなく、自衛隊が「今まさに直面している運用上の要求」を迅速に満たすことも必要だ。DICASのさらなる発展の可能性を探る。

 X(旧:Twitter)でも度々注目を集めているラーム・エマニュエル駐日米国大使は、大使に着任する以前にも、歴代大統領のアドバイザーとして、あるいは政治家として粘り強く政策を推し進める手腕で知られてきた。最近の大きな成果は、米軍の艦艇や航空機の維持整備を日本で行えるよう、両国の政府と軍、そして防衛産業間の連携を後押ししたことだろう。さらに、4月にワシントンで行われた岸田・バイデン首脳会談においては、「日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS: Defense Industrial Cooperation, Acquisition and Sustainment)」の設置が決定され、6月9日から11日にかけてその具体的協力案件を話し合うための初回会合が開かれている。

日米が直面している運用上の要求は何か

 現在日米の協力案件としては、すでに報じられている日本の民間施設における米軍艦艇・航空機の維持整備や、昨年12月の防衛装備移転三原則の運用指針見直しによって可能となったパトリオット迎撃ミサイルのライセンスバックおよび生産体制の強化に加えて、極超音速滑空体に対処するためのGPI(Glide Phase Interceptor:滑空段階迎撃用誘導弾)の共同開発などがある。もちろん、GPIは両国にとってSM-3ブロック2A以来となる大型の共同開発事業ではある。しかし、その技術的複雑さなどを考慮すると、開発開始から実戦配備まで10年近い期間を要する可能性が高く、完成前に日米が何らかの有事に直面する可能性も否定できない。日米が置かれている安全保障環境の切迫感が日に日に増していることを踏まえれば、DICASには中長期の大型事業だけでなく、自衛隊と米軍が今まさに直面している運用上の要求を迅速に満たすことも期待される。

 最も重要なのは、DICASは日米の統合的な運用上の要求に対応すべきという点だ。その手始めとして、DICASは日本の統合幕僚監部(および各幕僚監部)と米インド太平洋軍から、日本および日本周辺での活動に対する差し迫った運用上のニーズを募るべきだろう。具体的には、日米共同での維持整備、ネットワーキング、意思決定支援ツールの開発などが挙げられるだろうが、これらに優先順位をつけ、防衛省内局と国防長官室(OSD)に対し、それぞれの解決策を両国の次期予算に盛り込むようにすることが重要となる。2024年度末までに発足する日本の統合作戦司令部も、この一連のプロセスに貢献しうる。さらに両国は、将来に向けた自衛隊・米軍の態勢整備のため、共通の防衛計画シナリオに基づいた能力評価を共同で実施し、その結果をDICASにフィードバックするサイクルを確立すべきである。この取り組みを通じて、重複または補完性のある有望な分野や、協力プログラムを開始しうる分野を特定することが期待できる。

同盟の統合運用をさらに推し進める機会にも

 インフラ、兵站、維持管理については、DICASが取り上げるべき最上位の課題であることは間違いない。前方展開する米軍の艦艇や航空機の稼働率を強化するため、米軍は日本の民間施設による修理・整備のレベルを高めることができる。しかしDICASは、単に日本が米軍にサービスを提供するというモデルを超えて、同盟の統合運用をさらに押し進める機会にもなれるはずだ。

 例えば、自衛隊と米軍双方が使用している基地内の燃料貯蔵タンクを繋げることができれば、攻撃に対する強靭性を高めることができ、近隣の軍事施設の燃料を共同契約すればコストの削減にも繋がる。同様に、日本がバンカー(掩体)や硬化施設の建設など抗堪性強化に多くの投資を行っている中で、米国も同じ請負業者を活用すれば、米軍基地の一部をより効率的に強化することができる。また、サプライチェーンの共通化を進める上で、日米両国の規格を相互に認証連携した補給・兵站管理ツールを採用することも検討すべきだろう。そうすれば、両国はお互いが有する部品や補給品を可視化できるようになり、ACSA(物品役務相互提供協定)を通じて必要な物資をタイムリーに融通することが容易になる。これは、現場部隊の即応性を最大限高めることにつながる。これらのイニシアティブのほとんどは、いずれも低コストであり、全て1年以内に開始することができるはずだ。

「低コストかつ迅速に実現可能」という視点は、攻撃能力の取得・配備に関しても取り入れることができる。日本が国産で開発したり、米国からも調達している長距離精密誘導兵器は、いずれも高価であり、生産ペースや納入率が低いという難点がある。米国も同様の課題に直面しており、インド太平洋地域で鍵となるトマホーク、JASSM-ER、LRASMなどの各種巡航ミサイルも必要な分だけ生産・備蓄できていない。ウクライナにおける戦争や多くの研究が結論づけているように、対中有事ではこれらの弾薬が数万から数十万単位で必要になる可能性がある。そこでDICASは、高価で数が限られる巡航ミサイルのような弾薬だけでなく、既存の技術や備蓄を活用することで、低コストかつ迅速な大量生産・配備が可能なオプションを共同で開発・取得することを検討すべきだ。一例としては、JDAM(統合直接攻撃弾)に小型のジェットエンジンと補助翼を装着することで、その射程を延伸するパワードJDAMのようなものが考えられる。また、航空機発射型だけでなく、地上発射型や水上発射型、対艦攻撃型なども検討することで、現在計画済みの攻撃オプションを補完・多様化できる。

 もう一つの例として挙げられるのは、国防省が進めている「レプリケーター・イニシアティブ」における協力である。国防省はこのイニシアティブを通じて、来年夏までに消耗可能な(使い捨てにできる)自律型無人システムの大量配備を加速させることを目指している。これらのシステムの多くが西太平洋で運用される必要があることを踏まえると、国防省は日本との間でこの構想に関する情報開示を行い、その配備オプションについて議論を始めるべきである。またDICASは、この秋日本で新設される予定の防衛イノベーション技術研究所と米国の国防イノベーションユニット(DIU)の橋渡しを行い、これらの組織がレプリケーターに関連する能力の共同生産と将来の共同開発を行うことを主導することもできるだろう。

潜在能力を最大限に発揮するために

 シカゴ市長として辣腕を振るったエマニュエル大使は、単に政策を打ち上げるだけではなく、それをいかに実現するかが重要であることを熟知している。日米両国は、安全保障上の厳しい課題に直面しており、リソースをどう蓄え、それをどう使うかを最適化するために緊密に協力する必要がある。

 岸田・バイデン首脳会談で発表されたDICASの発足と、米国の艦艇・航空機に対する支援拡大は、喫緊の課題に対処する日米共同の深化の始まりに過ぎない。DICASがその潜在能力を最大限に発揮するためには、ゆっくりと時間をかけて成長するような案件だけにとらわれず、日米の能力を迅速に統合し、適応させ、大規模に実戦投入しうるような取り組みに着手できるかどうかにかかっている。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
村野将(むらのまさし) 米ハドソン研究所研究員(Japan Chair Fellow)。岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官らと共に、日米防衛協力に関する政策研究プロジェクトを担当。専門は、日米の安全保障政策、核・ミサイル防衛政策、抑止論など。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、共著、2020年)、“Alliances, Nuclear Weapons and Escalation:Managing Deterrence in the 21st Century”(Australian National University Press, 共著、2021年)、『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』(幻冬舎新書、共著)などがある。また、監訳・解説に『正しい核戦略とは何か』(ブラッド・ロバーツ著、勁草書房)。
執筆者プロフィール
ティモシー・A・ウォルトン(Timothy A. Walton) 米ハドソン研究所防衛構想・技術センター上席研究員 米戦略予算評価センター(CSBA)研究員等を経て、2020年より現職。米国政府や同盟国の運用構想や戦力計画分析に関するウォーゲームを主導。専門は、戦力開発、防空・ミサイル防衛、兵站など。主な報告書に、”Fighting into the Bastions: Getting Noisier to Sustain the US Undersea Advantage”(Hudson Institute, 2023) 、”Resilient Aerial Refueling: Safeguarding the US Military’s Global Reach”(Hudson Institute, 2021*ブライアン・クラークとの共著)などがある。
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