「国家の安全は、中国式の現代化が長期的に発展していく上での重要な基礎であり、国家の安全の維持をより突出した位置づけとした」
中国の習近平国家主席は、7月15日~18日に開かれた共産党第20期中央委員会第3回全体会議(三中全会)で採択された「より一層の改革の全面深化と中国式現代化推進に関する中共中央の決定」(以下、「決定」)に関してこう説明した 。
2023年秋に開催されると見られていた三中全会をめぐっては、不動産不況や地方財政の悪化を受けて経済再生への処方箋が描かれるかが内外で注目された。23年に82%も減少した外国企業の対中直接投資を回復させるためには、「反スパイ法」強化など国際社会が懸念する「国家安全」色を弱める対外向けメッセージが必要だったはずだ。しかし結果は逆に、包括的な経済再生策よりも「国家安全」を優先する方針を明確にした。
習近平政権で何が起こり、その結果として中国社会がどう変化したか検証したい。
SNSでの宣伝活動も強化する「国家安全部」
習近平への権力集中が進み、いわゆる一強の「個人体制」が加速して以降、中国官僚機構の中で強大化したのが「国家安全部」と「共産党中央宣伝部」である。これに「公安部」を加えた統制三機関はバラバラに動く傾向が強かったが、習近平がトップを務める「中央国家安全委員会」が2014年に発足すると、習近平が提唱した「総体的国家安全観」の掛け声の下、トップ主導で協調体制が構築・強化された。
習近平の手法は、国内法を整備し、民主主義国家では考えられない手荒い統制を正当化している点だ。2014年には「反スパイ法」、15年には「国家安全法」などを相次ぎ制定。これまでなら「威嚇」効果を期待するにとどまった国内法だが、習近平体制では制定すると即座に適用し、実際に「恐怖」を与えた。15年からは日本人を含めた「外国人スパイ」の拘束を本格化させ、同年7月1日の国家安全法施行から8日後を境に300人以上の人権派の弁護士や活動家を一斉拘束した。
2020年に制定された「香港国家安全維持法」なども同様で、施行と同時に「香港独立」と書かれた旗やビラを持った市民らが同法違反で次々と捕まった。
2022年10月の第20回共産党大会で習近平は3期目に入った。表面化した新たな特徴は、国家安全部の強大化と、その情報・諜報機関としての役割が宣伝(党の思想や路線のプロパガンダ)と一体化し、内外に「恐怖政治」を体感させていることだ。
第20回党大会に伴う指導部人事で、公安部や国家安全部、最高人民法院、最高人民検察院などを統括する「共産党中央政法委員会」トップの書記に国家安全部長の陳文清が就いた。これまでは国内治安を担当する公安部長が昇格するのが通例だったが、外国スパイ摘発を担う国家安全部長の就任は異例だ。
毛沢東時代の情報機関・諜報機関は「党中央調査部」として存在し、文化大革命などの際、毛沢東の政敵や右派に対する粛清機関として恐れられた。文革後に改革開放を推進した鄧小平は、1983年に「国家安全部」として再編したが、権力は弱体化し、陽の当らない影の組織となった。
だが、国家安全部は習近平時代に入り、外国のスパイ組織に対峙する機関として強大な権力と権限を与えられた。その背景には、アメリカCIA(中央情報局)や日本の公安調査庁など西側の諜報機関が中国に張り巡らせる情報網への強い警戒感があった。
2023年7月に反スパイ法が改正され、権限が強化された国家安全部が着手したのが、中国のSNS「微信(ウィーチャット)」での公式アカウント開設だった。いわば「裏」組織が表舞台に登場し、国家安全教育を呼び掛け、怪しい外国人らの情報提供と密告を求めたのだ。
かつての国家安全活動は地下の監視ネットワークを通じて行われていた。筆者は通信社の北京特派員時代、数回、この恐ろしさを実感したことがある。
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